31. 優美
「本日は誠におめでとうございます、レオナ第一王女殿下」
実に優雅に一礼した宰相は、ゆっくりと顔を上げる。
その拍子に私と目が合った。
―――彼は、こちらを観察するような、鋭く冷たい琥珀の瞳をしていた。
無意識に鳥肌が立ち、ぞわりと背中を寒気が走る。
感情の無いその色に、私は刺されるような恐怖を覚える。
これが、本物の貴族の敵意なのか。
今まで城に来てから私は沢山の視線を浴びた。
蔑み、嫌悪感、妬み、訝しみ、興味など、露骨ではないが隠しても隠し切れぬ感情を見てきた。
だが、それらほとんどが私にとって既知のものだった。
妬みは初めてだが、その他は貧民街にいるときに嫌というほど向けられてきたものだ。
しかし、これは、明らかに別物だった。
自分を繋ぎ止めるように握りしめた掌が、汗で濡れていく。
「お祝いのお言葉、感謝いたします」
はっと意識を戻す。
宰相の瞳は、既に私に向けられていなかった。
相変わらず考えている事は分からないものの、一瞬覗いたあの表情などまるでなかったかのように微笑んでいる。
「いえ、臣下として当然の事でございます。貴女様が無事この日を迎えられたことを、一同、心より嬉しく思っております」
「ありがたい事です。誕生祭の準備では、貴方に随分と負担を掛けてしまいましたね」
「いえ。王国の為ですので」
……何かあったのだろうか。
要らぬ憶測をしてしまうほど、レオナは入念に仮面を被っている。
仲が悪い、というよりは、気まずいというかぎくしゃくしているかというか、そんな感じなのである。
……いや、推測で語るのは良くないな。
第一、私は王女としてのレオナを知らないのだ。
勝手に考えるのは失礼だし、先入観を持つのは褒められたことでない。
それに、私が心配するほどレオナは弱い人間ではないはずだ。
考えても仕方が無いので、私は思考を放棄した。
「……そちらが、レオナ様の側近になったという、元貧民の者ですか?」
――大変いきなり私の話題になる。
非常に心臓に悪い。
先ほどから私の脳内は荒れたり鎮まったりを繰り返して大反乱を起こしている。
そろそろ、ユリア直伝の教えも持たなくなってきた。
「ええ、そうですよ。……それにしても、宰相がこのような場でそのような話題を振るとは珍しいですね」
「ご不快になられたのなら申し訳ございません。ただ、噂に違わず貴族のような容姿だと思いまして」
私か?
私が2人の雰囲気の原因なのか?
先ほどの宰相の視線からしても、私が何かしらやらかした気配が濃厚だ。
思い当たる節は……多すぎる。
というか、この内容の会話をしつつ両者とも微笑み続けているのが怖い。
胡散臭さの欠片もない笑みは至って自然だ。
貴族や王族、恐るべし。
「……不要なことを申しましたね。改めて、御誕生日おめでとうございます。殿下」
「ありがとうございます、宰相」
レオナから離れた瞬間、宰相は帝国からの客と思しき人に話しかけられ、あっという間に人混みに消えていく。
……というか、レオナ忙しすぎるのでは?
主役なので仕方が無い部分はあるだろうが、こんなにせわしないものなのかと衝撃を受ける。
これまで何度も何度も実感してきたことだが、お偉いさん達は決して日々を怠惰に過ごしているわけではない。
少なくともレオナやクスティナは違うと言いきれるだろう。
貧民街の人間とも異なる生き方が、ここにはあった。
それをまだ受け入れきれないのは、私が意固地だからだろうか。
―――なんて考えていたから、心の準備なんて出来ていなかった。
「殿下。私からも御挨拶よろしいでしょうか」
レオナに声を掛けたのは、私の中で最も苦手な人物になりつつある、とある夫人だった。




