30. 宰相
「本日はグラディア王国第一王女レオナ・グラディア殿下の誕生を祝うこの佳き日に、遠路はるばるご臨席賜りましたこと、心より感謝申し上げます」
落ち着いていながら、高級感を失っていない装飾。
さり気なく全体を照らす大量の蝋燭。
広い会場の中で、灰銀の長髪を一つに結んだ男性が朗々と話している。
開宴挨拶だ。
「我が王国は幾多の困難を乗り越え、今こうして安寧と繁栄を享受しております。それはひとえに、この場にお集まりの皆様の尽力の賜物に他なりません」
それにしても、随分と飾った表現だ。
お偉い方々が集まる場所なので当然と言えば当然なのだが。
どことなく不思議な気配を持つ男性だ。
ちらり、とレオナの様子を窺う。
椅子に座っている彼女は、普段の雑な姿からは想像できない完璧な第一王女だった。
思わず見惚れるようなぴんっと伸びた背筋。
自然な微笑み。
穏やかで威厳のある雰囲気。
誰が見ても、次期女王に相応しい人だ。
何も不安に思う必要などない。
「本日、我らが未来を担うレオナ殿下の新たな年を迎えられたことを、これ以上ない喜びとして分かち合いたく存じます」
視線を会場に戻すと、数えきれない程の客が目に入る。
これがこの国の影響力なのだと思うと恐ろしい。
「どうか今宵は、立場や国の違いを一時忘れ、杯を交わし、このひとときを心ゆくまでお楽しみください」
すっ、と男性が杯を掲げる。
それに合わせてレオナ達王族、そして客達が一斉に杯を持ち上げた。
「ここに集う全ての方々の幸いを願って――乾杯」
***
「セウェルス殿。お久しぶりですね」
「この度はお招きいただき感謝する。そして、御誕生日を迎えられたこと、心より喜び申し上げる」
レオナが真っ先に挨拶したのは、隣国、アウレリア帝国皇帝のセウェルス・アウレリア陛下だった。
一見冷徹そうな見た目だが、その錆色の瞳はどこか馴染みやすい優しさがある。
皇帝というから細い体つきをしているのだろうと勝手に想像していたが、どうやら違うらしい。
そのがっちりとした体形は、寧ろ武人と言われた方が納得できる。
「今後もよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそ。心配事があれば遠慮なく相談を」
そうやって話を切り上げた皇帝は、去り際に一瞬こちらに目を向ける。
しかし、彼はそのまま去って行った。
「リヴィア。何をぼうっとしている」
「っ!失礼しました」
いつの間にか呆けていたらしい。
こっそり耳打ちしてくれたレオナに感謝しつつ、冷や汗を流した。
「姉上。ご挨拶よろしいでしょうか」
ここ最近でかなり聞きなれた声の方向に顔を向けると、案の定メディクス殿下が佇んでいた。
……恐らく、メディクス殿下のはずだ。
自信がなくなる程に、メディクス殿下は様変わりをしていた。
隈のない目元に、美しい姿勢。
柔和な笑みと仕草は、本当に誰か分からなくなるくらいだ。
「本日は誠におめでとうございます。こうして無事にこの日を迎えられたこと、弟として大変嬉しく思います」
いや誰だこいつ。
彼は普段、レオナに対しては比較的話し掛けはするのだが、こんな気障な言葉は聞いたことがない。
その顔に張り付けた貴公子然とした表情はまさに第一王子。
……誰。
「ありがとうございます、メディクス。帝国皇帝陛下を始め、多くの方々を迎えることが出来たのは、貴方達のお陰です」
「勿体無いお言葉です」
平然とレオナが会話しているところを見ると、宴会ではいつもこんな感じなのだろう。
以前レオナが『こいつは公式の場じゃないと、知らない相手との話し方が分からなくなるんだ』とか言っていたが、ここまで差があるとは思わなかった。
ユリアによる猛特訓が無ければ、私は間違いなく愕然とした表情を披露する事になっただろう。
そうならなくて良かった。
メディクス殿下が離れると、レオナが振り向いてくる。
不意打ち大成功と言わんばかりの彼女に、思わず天を仰いだ。
「私からも御挨拶よろしいでしょうか。レオナ第一王女殿下」
コツ、コツ、と靴の音が響く。
途端、レオナの顔が引き締まった。
レオナは美しい笑みを浮かべると、声の主を見詰める。
そして、口を開いた。
「勿論ですよ。レナトゥス宰相?」
灰銀の長髪に、銀の片眼鏡。
開演挨拶をしていた男性だった。
引っ張るつもりは全くなかったのですが、投稿するのが久しぶりとなってしまいました。
宰相がつけている片眼鏡は、実際の中世ヨーロッパ(中期辺り)には存在しません。
片眼鏡が登場するのはもう少し後の時代です。
ご注意ください。




