26. 距離
まだ春と言うのには寒すぎる、昼間の大通り。
目的を達成した私達は、時折剣を鑑賞しつつ城へ向かっていた。
「今日は、本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間でしたよ!」
華やかに笑うクスティナにつられ、私も目を細める。
懐はすっかり軽くなってしまったというのに、心の中には満足感があった。
こんな体験は、クスティナが居なければ絶対に出来なかっただろう。
未だ完全に理解できないとしても、間違いなく私は新しい色を手に入れた。
多くの人からすればほんの少しの進歩。
でも、私からすれば、世界が変わって見えるほどの大きな出来事。
誰にも譲れない、大切な宝物だ。
「……リヴィア。ちょっと踏み込んだこと聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
私が感慨に耽っていると、不意にクスティナが口を開いた。
相当聞くのを迷っているらしく、口元がうにょうにょと動いている。
「……私は、答えたくなかったら答えませんよ」
呟くと、彼女が目を大きく広げてこちらを見てくる。
その灰色の瞳には、私の迷いない顔が映し出されていた。
「……どうして、お祝いをして差し上げようと思ったんですか?」
歩みを止めずにただ待っていると想像以上にド直球な質問が飛んできた。
耐え切れずちらりと彼女を見ると、真っ直ぐとした視線がこちら向けられている。
私は軽く目を瞑り、息を吐いた。
微かに白く染まった息が空に溶けていく。
「私が祝って差し上げたかったんです」
「何故ですか?」
やはり、この説明だけでは満足してくれないか。
すぐ側を、小さな子供が走り抜けていく。
その後を母親らしき女性が慌てて追いかけて行った。
「母さん!あれ何?」
「ちょっと待ちなさい!あれはね……」
二人の声は、街の喧騒の中に消えていく。
少し前ならば、憎くて仕方が無かったもの。
今では、共感してしまうもの。
私はふっと息を漏らした。
「あの方は私に、『知る』ことの危うさと、それに勝る程の喜びを教えて下さいましたから。そのお礼です」
知れば知るだけ、世界が広がる。
比喩抜きで見ている景色が変わるのだ。
新しい言葉に出会ったときの感動は、想像を絶するものだった。
知らないほうがいい。知らないでおくほうが賢い。
分かっていても、これは止められなかった。
正直に言って、まだ会ったばかりのレオナに対しての個人的な感情は少ない。
貧民街から連れ出してくれたことについては有難いと思っているが、如何せん彼女の思惑が分からない。
私を利用しているのか、それとも本当に気紛れなのか。
考えても納得できる答えは出てこなかった。
だから、それに関しては諦めた。
彼女に関しては、様々なことを知る機会をくれた人という認識でいく。
今後『知った』ことによって命を落とすとしても。
悔いはないのだから。
吹っ切れないと生きていけないのだ。
「……この回答でよろしいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
私が確認すると、クスティナはしっかりと頷いてくれた。
どうしてか、彼女は罪悪感に苛まれた顔をしていた。
「急に変なことを聞いて申し訳ありませんでした」
「いえ。私とあの方が出会ってまだ時間が経っていませんから。疑われるのも仕方がありません」
貴族からすれば貧民街の人間など罪人以下の存在だ。
クスティナがそんなふうに考える人ではないと分かっていたが、流れるように卑屈なことを口にしてしまう。
やれやれ、と文様が刻まれたうなじをさすった。
「―――います」
「え?」
「違います!」
強い眼差しが向けられていた。
「誤解させてすみません。悪い意味で聞いたわけではないんです」
「そうなんですか?」
「はい!」
ついこの間も、こんな会話をした気がする。
会話は廻るなぁ、とどこかぼんやり思った。
「私はリヴィアを全く怪しんでいません」
「それはそれでまずいのでは……」
「はい。まずいです」
真剣に頷くクスティナ。
突っ込むべきだろうか。
「でも私には、ちょっと自虐的だけどいい人に見えます」
「自虐的……」
若干ぐさっと刺さる。
貧民街出身だから、という言い訳はやめよう。
確かに私は自分に自信が持てない。
「単純に聞いてみたかっただけなんです。ごめんなさい」
「大丈夫です。促したのは私ですし」
私が困ったように笑うと、彼女も相好を崩す。
この何とも言えない関係が、どうにも心地よかった。
―――レオナに感謝しなければいけないことが、増えたかもしれない。
「揚げたてフリクタ!美味しいよ!」
屋台で中年の男性が叫ぶ。
ふわりと揚げ物の香りがした。
声を聞きつけた人が沢山集まっている。
「フリクタって何ですか?」
「薄い焼生地で、香草が効いた刻み肉を包んで揚げたものです。王都の名物ですよ!」
「……食べちゃいますか?」
「いいですね、食べちゃいましょう!」
屋台に近づくと、肉の香りが鼻を擽った。
やっぱり、楽しまなきゃ損だ。
クスティナは侯爵家出身ですが、常に護衛や毒見役が周りにいるわけではありません。
跡取りだったりしなければ意外とないものなんですね。
以下、フリクタの材料です。
・合い挽き肉:200g ・玉ねぎ:1/4個(みじん切り) ・バター:10g ・塩:小さじ1/2弱
・黒胡椒:少々 ・香草(パセリ、タイム) ・牛乳:大さじ1 ・パン粉:大さじ2 ・お好みでチーズ
↑を小麦粉:片栗粉=3:1+水できつね色になるまで揚げる。




