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灰色の空と、金の狼  作者: 灯薄
【始動編】
23/30

22. 誠実




自分でも、己の手が冷たいことが分かる。

人とは緊張すると体の温度が下がるらしい。


勿論私に手を握られたクスティナにも、私の体温が伝わっているだろう。


クスティナは少し驚いたように握られた手を見ていたが、やがて彼女はゆっくりと頬を緩めた。

ほっとしたような、ちょっと嬉しそうな、そんな表情だ。


彼女は、私の手を確かめるように握り返してくれた。



緊張していたのは私だけじゃない。

それが分かって、少々安心してしまう。

あまり良くない考えなのかもしれないが、やはり一人だけ酷く緊張しているという状況はよろしくない。


私は密かに胸を撫でおろし、眉を下げる。


いつの間にか、私を拘束していた暗い海のことが怖くなくなっていた。



と、次の瞬間、クスティナの手がびくっと動いた。



私が驚いて彼女を見ると、クスティナの顔色が徐々に白くなっていく。

分かりやす過ぎる変化に面白いなと思ってしまう反面、一体どうしたのか心配になる。

どんどん白くなっていく姿に、これは看過できないと声を掛けようとしたその時。




「―――って、ごめんなさい!」




本当に突如謝り出したクスティナが、頭をばっと下げる。


握られたままの彼女の掌から、じわじわと汗が滲み出てきているのが分かった。


あまりに前触れがなさすぎる行動に、流石に私も呆然としてしまう。


「え、いや、どうなさったんですか!?頭を上げてください!」


傍目から見たら完全に私が悪者だ。

というか互いに手をしっかと握っているのに、片方が全力で謝っているなんて非常に異常(カオス)な光景だ。


私が空いている片手でわたわたしていると、律儀にほんの少しだけ顔を上げてくれたクスティナが、まるで罪を自白するような顔で話し出した。


「曲がりなりにも貴族である私が他の方に責任を押し付けるような物言いを……!自分のことながら失望するほどの醜態……本当に申し訳ありません!しかも貧民街出身の方に対してなんて、相手が断れる筈もないというのは考えればわかることだったのに!ああ、すみません、これはこれで身勝手で自分本位な言い訳ですよね。ええっと……!」


「止まって!止まってください!」



とうとう片手で頭を抱えだしたクスティナに、私は目を白黒させながら止めにかかる。


貴族の人に頭を下げられるのも、物凄い勢いで謝られるのも初めてなので、私は慌てるしかない。

途中で醜態とか聞こえたような気もするが、今の私の挙動の方が余程醜態だろう。


今だって、生真面目に無言になったクスティナを前に、掛ける言葉が見つからない。

ほとほと困ってしまったが、なんとか深呼吸し、気持ちを落ち着ける。

私はふーっ、ふーっと呼吸を整え、目を瞑った。



言いたいこと、話したいことは、やっぱり簡単には出てきてくれない。

でも、確かにそれらは存在する。



分からないながらに考えを纏め、目を開く。


今までこんなに真剣に人を見たことはあっただろうかと片隅で思ってしまうくらい、私はしっかりとクスティナの瞳を見詰めた。



「……責任を押し付けるような言い方だったとおっしゃっていましたよね?そして、私がそれを断れる筈がないと」

「ええ……」


観念したように項垂れるクスティナは、そんな自分にさえ嫌気が差しているようで、しょんぼりとした表情だ。

私が緩まった手をやや強く握り直すと、上目遣いにこちらを見上げてくる。



「違います。多分、違いますよ。自分でも上手く言えないですけど……」



ああもう、言葉が出ない。

近々、ユリアに頼み込んで語彙を増やそうと決意しつつ、私は更に手に力を込めた。


「嬉しかったんです、それが」

「え?」


撥ね上げるように頭を上げたクスティナの顔は、驚きと困惑で染まっている。

私も何だか恥ずかしくなってきてしまい、若干彼女から視線を逸らしつつ話を続けた。


「人に頼られる、誰かと同じ位置で喋りあい、考える……。そんな経験、ありませんでしたから」



正確に言うと、昔、あることにはあった。

だがあれはきっと白昼夢だったのだろうから、無かったも同然だ。

くだらない思い出に蓋をしつつ、私は視線をクスティナに戻した。



ぽかん、とした彼女に笑ってしまいそうになるのを堪え、ごめんなさいと声を掛ける。


クスティナが手を差し出したのが自分勝手な行動なら、その手を取った私も同罪。

身分なんてこの場合関係ない。

彼女はきちんと、逃げ道を用意してくれていたのだから。


それに、もとはと言えば私がクスティナに反発してしまったのが始まりだ。

全ての発端は私だったと言っても過言ではない。

相談をしようかな、なんて思ってここに来たのにこんなことになるなんて、一周回って呆れる程だ。


だから、彼女が沢山謝るのなら、私もいっぱい謝罪しないといけない。

それを暗に仄めかすと、クスティナはぎゅっと泣きそうな顔をする。


そして彼女は表情を入れ替えると、ぱんっと己の頬を叩き、姿勢を正した。


碌に彼女のことを知らない私だが、何故か彼女らしい立ち直り方だなと思う。

清々しい切り替え方は、私も真似したい程だ。



「……ありがとうございます!私を否定することは、リヴィアがくれた想いも否定するってことですもんね」



嬉しそうに笑う彼女に、私も口元を緩める。


クスティナには失礼かもしれないが、双方共にまだ未熟。

勝手なことではあるが、これからもこうして意見をぶつけ合えたらいい。

私はそう願わずにはいられなかった。



「じゃあ、見学の続きしましょう!」

「え、いやちょっと待ってください!?」



休憩時間はとっくに終わっているぞ!とアウグスト様に怒られるのは、僅か数秒後のことである。



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