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灰色の空と、金の狼  作者: 灯薄
【始動編】
22/31

21. 正解




そっと、手が差し伸ばされた。


遠慮がちに差し出された手は、決して強引ではない。


寧ろ、少し頼りない。


先の見えない世界では海に揺蕩う海藻のようなものだ。

しかし確かにそこに存在するそれは、何も無い場所では唯一の命綱のようにも思えた。


私はそれを、どこかぼんやりとした気持ちで眺めた。




そもそも私が誰かに相談しようと思うことが出来たのは、レオナのお陰だった。



『私にはお前を連れてきてしまった責任があるからな。心配はする』


『身分のことで差別されるようであれば、遠慮なく言ってくれ』


レオナがゆっくり、何度も、さり気なく贈ってくれた言葉の数々。

それらは全て、慣れない生活に怯える私を支えてくれた。



しかし、心の底から信用することは出来なかった。



申し訳ないと思うこともあった。

レオナは、本当に真摯に私に向き合っているのだと信じたかった。


だが、そう感じる度に、貧民街での記憶が私を苛んだ。


裏切られたこと、去られたこと、騙されたこと。

それらは私の心にしこりとして残り、消えてくれなかった。


忘れようとするたびに、何かが悲鳴を上げるのだ。

その“何か”というのが、悲しみなのか生存本能なのかははっきりとしない。

正直に言って、どれもしっくりとは来ないのだ。


とにかく、私は相談というものをどこか空虚に捉えていた。

どうせ意味がない。どうせ分かってもらえない。分かってもらえたところで何になる。


そんな見栄と卑屈を大事に抱え、この1か月を生きてきた。


全く持って失礼な話だと自分でも思う。

思いつつも、結局同じ思考をぐるぐる続けてしまうのだ。


だからこそ、先程の言葉はこの上なく衝撃的だった。



一緒に考える。



こんな選択肢があるなんて、思わなかった。

いや、知らなかった。


今日、クスティナに心のもやもやを聞いてもらおうとしたのだって、打算もあってのことだ。


折角レオナに進めてもらったのだから、身を切ればクスティナは喜んでくれるかもしれないから。


自分でも嫌になるほどに利己的な考え方でいた。

世に言う、人の良心とやらを利用しようとする酷い人間だ。


そんな人間にとって、クスティナの提案はあまりにも魅力的で、危険なものに感じる。



私はきっと、彼女を裏切るだろう。



信頼を捨て、一時の利益の為にクスティナを売るだろう。

とてもではないが、この手は取ることが出来なかった。



私は目を瞑り、ふっと自嘲の笑みを浮かべる。


クスティナに断りの言葉を掛けようとし―――




『これからは、お前のことを頼りにしていいか?』




出来なかった。



自分でも、己の行動に戸惑う。

何故か固く閉ざされた口はぴくりとも動いてくれない。


断らなければいけないのに。クスティナをこれ以上待たせるわけにはいかないのに。



どうして私は、無理だと言い出せないのだろう。

どうして私は、レオナの言葉を思い出したのだろう。


果てのない自問自答が続き、指先が痙攣する。

実際には10秒も経っていないというのに、まるで何時間も考え続けているようだ。

不安の波が一気に押し寄せる。

私は歯を食いしばり、心の中に答えを探した。



だが、そこにあるのは暗闇(未来)だけ。

暗闇の中、必死に目を凝らす。


それでも先が見通せず、己に失望しかけたその時。


何かが、視界を掠めた気がした。




『分からん』




―――ああ。

思わず、胸の中で息が漏れる。


そういうことか。




正解なんてものは、ない。




気が付いた途端、ふっと肩から力が抜ける。

『分からん』。

それは、私がレオナに、何故名前を与えてくれたのかと聞いた時に彼女から返された答えだ。


聞いた時には、なんて適当なと思った。

貧民街の人間には、説明する必要もないのかとさえ考えた。



でも、違ったのかもしれない。




レオナは本当に、分からなかったのかもしれない。




なら私も、分からないままでいいだろうか?


レオナが言ったように、クスティナが絞り出したように。


未来のことも、信頼のことも、まだ理解の出来ない贈り物(言葉)達のことも。




クスティナの手を取りたいと願っている、自分自身のことも。




正解を出さなくていいだろうか。

今は、流れるままに願望に従っていいだろうか。


数瞬前よりも幾分か落ち着いた海の中、私はゆっくりと腕を伸ばす。


クスティナの手に少し触れると、自分の指が迷うように揺れる。


怖い。分からない事は怖い。

手を取るなんていう簡単なことさえ、これだけ悩まなければ出来ない自分が嫌だ。



それでも、前に進めないのはもっと嫌だから。



私は深く息を吐き、クスティナの手を握りしめた。



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