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灰色の空と、金の狼  作者: 灯薄
【始動編】
21/31

20. 肯定




ぱたり、と右手が左腕から外れる。

ぎりぎりの精神を保つ為に張り詰められていた鎖が、思わぬ形で消え失せた。


「多分、全くもってそうなんだと思います。衣食住が保証されているなんて、本当はそれだけで幸せなことなんですよね」


クスティナは静かな水面の様な瞳を、訓練場に向けた。

一体彼女は、何を見ているのだろうか。


「私達がこうやって日々過ごしている中、街では誰かが不幸になり、恵まれなかった人が死んでいく。生まれた時から運命が決まっていて、最初から人生の難易度が違う」


ぎりっと歯を食いしばる彼女は、当たりの人生を引いたはずなのに、悔しそうだった。

そんな彼女への苛立ちと、強い興味が私の心を蹂躙する。


「私だって、悩んだことはあるんです。このままでいいのかって。答えを出そうとしました」

「……それで?」


無意識のうちに、一歩クスティナへ踏み出す。


聞きたい。

答えを。正解を。

意味はなくとも、最上の正答を。



「でも、分からなかったんです」



「え……」


強い風が吹き髪が舞い上がる。

慌てて押さえると、さらりとした感触が手に残った。


「分からなかったんです。考えて考えて、答えが出ませんでした」

「そんなっ」


じゃりっ、と靴が砂を噛む。

そんなのは、聞きたかった正解ではない。

そんなものは、認められない。


「なので、問題を先送りにすることにしました」

「駄目だ!」


駄目だ、駄目だ、駄目だ。

私は今すぐ、答えが欲しいのに。


先送りなんて無責任なこと、していいはずがない。


無礼とは知りつつも、私は思いっきり彼女を否定した。


「そんなのは!許されない!」



「何故ですか?」



えっ、と言葉に詰まる。

咄嗟には何も出てこなかった。


「そ、それは、駄目に決まっているから……」

「いや、何もしないのも良くないです」

「は?」


クスティナは、先程とは打って変わって真逆のことを言い出す。

弄ばれているのならこんな屈辱はない。

頭に血が上っているのを自覚しつつ、私はずんずんと彼女に近づいた。


クスティナはあっけらかんとした、しかし、喉につっかえたものを引きずり出すような苦しい表情で口を開く。

どうしてか、その時間は切り取られたように長かった。




「でもどうしようもないなと思って。背負う責任がないうちから、語れる理想なんてある筈がないなと」




―――冷や水を、浴びせられた。


さあっと沸騰していた頭が冷やされ、凍り付く。


急に暗闇に放り出されたような気がした。



「それ、は」



突如として襲い掛かった恐怖にも近い不安から逃れようと、口を動かす。


無理だった。


クスティナは、自分のことを指して言ったのだろう。

本当に他意は無かったはずだ。

それでも。



自分に彼等(貧民)を救う力なんて無いと分かっていても。


何とかしたいと思う私の、偽善じみた罪滅ぼしを指摘されたような気がした。



『……レオナ様に拾われた、という負い目があるのですか?』


そうだ。

一人だけ運良く地獄から抜け出せたことで、誰かから恨まれたくないだけ。

誰からも嫌われたくないという我欲だ。


自覚していても、直視するのを避けていた我儘だ。



光のない、漆黒の世界に溺れる。

違う話をしていたはずなのに、苦悩していた想いを言い当てられた衝撃。

体が麻痺したように動かなかった。

感情という荒海の中で、泳ぐことも波に抵抗することも出来ず。

ただ沈むのを、待つだけ。



「ぐちゃぐちゃで整理出来てなくてごめんなさい。夢を持つこと自体は悪くないはずなんです。だから……」



近く、遠い場所でクスティナの声が響いた。

断言には程遠い迷いの籠った声は、不思議と胸に染みていく。

鈍い思考の中で、可笑しなものだと思った。



「もしよければ、一緒に考えてくれませんか?私一人だと何も分からないから」



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