19. 傲慢
「休憩中なのに申し訳ありません。クスティナ」
「全然構いませんよ!リヴィアとゆっくり話せるなんて、とても嬉しいです」
朗らかに笑う彼女は、嘘をついているようには見えない。
私と話したいなんて、よっぽどの物好きのようだ。
「騎士団の案内、でしたっけ」
「はい。可能ですか?」
うーん、と首を傾けながら悩むクスティナ。
彼女の頭の中では、一体何が行われているのだろうか。
「そうですね。まあ、片っ端からご紹介します」
いいのかそれで。
思わず心の中で突っ込んでしまう。
先程の思考の時間は何だったのだろうか。
だが、にこにこと嬉しそうに笑う彼女を見ていると、そんなことはどうでもいい、と思えた。
どうにも彼女は、憎めない性格だ。
「じゃあ早速馬の訓練から見ていきましょう。休憩時間の間だけしか紹介できないので、ささっといきます」
「お願いします」
楽し気なクスティナの後をついて、早足で歩く。
こう見えてもクスティナは、れっきとした騎士なので早足になると本当に素早い。
置いて行かれないよう、私は更に歩調を速めた。
乗馬訓練をしている近くに来ると、先程までうっすらと聞こえていた馬の嘶きが鮮明に届く。
地響きでびりびりと内臓が震えた。
視界が薄い茶色に染まる中、鎧を着た騎士が掛け声とともに馬に飛び乗り、その勢いのまま駆け出す。
まるで鎧の重みを感じさせない動きだ。
「馬に乗るのが遅れると、その分、死の可能性が高くなる場面というのも存在します。なのでこうやって馬と信頼関係を築き、反復練習を繰り返すんですよ」
「へぇ……」
想像はしていたが、やはり騎士の訓練は地道だ。
繰り返し繰り返し練習すれば本当に上手くなるのだろうか。
私は、努力らしい努力をしたことがない。
日々生きることだけで必死だったからだ。
何か強い目標をもって愚直に取り組む彼等の姿は、羨ましくもある。
私にはどうすればそれが出来るのか分からない。
今だって、レオナやアウグスト様の言うままに働いているだけだ。
「彼等は、どうしてあそこまで必死になれるんですか?」
気付けば、問うていた。
はっとしたときにはもう遅い。
解説を続けていたクスティナは、案の定目を丸くしていた。
「いえ、その、申し訳……」
「なんででしょうね」
けろっと放たれた言葉に、思わず言い訳をやめる。
へっ?と固まった私はさぞ滑稽な姿だろう。
しかしクスティナはそれを笑わず、うーんと額に眉を寄せながら口を開いていた。
「家族や領地を守りたいとか、力が欲しいとかって理由で騎士になった人も勿論居ますよ。居ますけど……」
「……居ますけど?」
「居ますけど、騎士の家に生まれたから騎士になった人もいますからねぇ」
そうか、と思う。
クスティナは望んで騎士になったと聞いているし、騎士になった人は当然なりたくてなったと思っていた。
金を持つ貴族達は、自分の願ったものになれるのだと。
しかし考えてみれば、レオナなどはなりたくて王女になった訳ではなさそうだ。
王女の公務を果たしている時よりも、訓練をしている時の方が明らかに楽しそうであるし。
血筋だけを重要視しない実力主義なこの国でも、家というのは大きな影響を持つようだ。
「あ、彼。あの茶髪の騎士が見えますか?」
クスティナが指差した先を目で追うと、一際ぼろぼろの姿で訓練する青年の姿があった。
その顔はまさに懸命そのもので、苦しそうだったが、不思議と辛そうには見えない。
「彼は以前、『やりたいことを探す為に訓練している』と話していましたよ」
「『やりたいことを探す為に訓練している』、ですか?」
正直、驚いた。
そんなふわふわした気持ちで、あそこまで泥塗れになれるものなのか。
一気に彼が別の世界の人間に思えてきた。
「そんな生温い想いで行動できるのは、彼が貴族で、ちゃんと生活できるからなんじゃありませんか?」
――飛び出したのは、そんな刃だった。
言い終わってから、やってしまったと思う。
こんなこと言うべきではないのに、止まれなかった。
クスティナは驚いた表情をした後、黙ってしまう。
胸を、罪悪感が刺した。
でも、実際そうなんじゃないだろうか。
食べて、寝て、起きる。
それが保証されているからこそ後先考えずに動くことが出来る。
そんな余裕のある態度を取れるのは、彼が金持ちだからでないないのか?
そんな彼の話を誇らしげにするクスティナだって例外ではない。
私からすれば、好きな道を選ぶのも、分からないままで突き進むのも、どちらも傲慢に見える。
本来、レオナに拾われ、彼女達と大して変わらない生活をしている私が言えることではないのだろう。
いや、寧ろこれは八つ当たりに近い。
これは、毎日顔を合わせているとはいっても、いつも少し話すだけの彼女に言うことではない。
これはただの―――同族嫌悪。
同族と捉えるのさえ思い上がりなのは重々理解している。
今の状況に甘えている自分に対する苛立ちを、他人にぶつけているだけ。
我儘で勝手で、実に子供じみていて嫌になる。
一体私は、彼女に何を答えて欲しいというのだろう。
ぎゅっと握りしめた二の腕に爪を立てる。
鈍い痛みは、不快な気持ちを消してはくれなかった。
「―――そうですね。そうだと思いますよ」




