18. 手紙
「……」
誕生祭がいよいよ近づき、主役であるレオナの仕事も増えた。
折角ユリアが整えた黄金の髪も、掻き過ぎてくちゃくちゃになっている。
いくら注意しても、今日は誰かと会う予定もないからと改めないのだ。
彼女の後方に立ち、黙しながら眺める私の目にはそれすら綺麗に映るのだから、困ったものである。
この場所に来てから、どうにも視界が鮮やかだ。
「……なあ」
ぽつり、とレオナが呟く。
咄嗟に誰に対して話しているのか分からず、返事が遅れてしまった。
「どうされましたか?」
「何か、私に言いたいことがあるのか?」
質問に質問で返される。
私が目を見開くと同時に、彼女は書類から顔を上げた。
「どうしてそう思われるのですか?」
「何となく、だな」
要領を得ない答えに思わず呆れてしまう。
それと同時に、何となくで見事当ててみせた彼女に戦慄した。
「それで、何か言いたいことでもあるのか?その言い方なら何もない訳じゃないんだろう?」
予想外に穏やかで、真剣なレオナの態度に戸惑う。
私は感情を外に出さない人間だという自負があったのだが、どうして彼女には、ばれてしまうのだろう。
「それほどのことでもないんですが……。それに、最近貴方様に相談してばかりで申し訳ないですし」
「それもそうか。……そうだな、じゃあ少し、騎士団へお使いに行ってもらおうか」
「お使いですか」
私はいつも、レオナの後方で控えていることが多い。
第一王女の側にいられることを光栄に思うべきか、書類を託してもらえないのを悔しく思うべきか悩むところだ。
それなのに、いきなりお使いを頼まれたということは、気を遣わせてしまったのだろう。
本当に不甲斐無い。
しかし折角の提案を断るのも失礼なので、ありがたく乗らせてもらうことにした。
「承知いたしました。ありがとうございます」
「ああ」
笑みと共に、一つの封筒が渡される。
「私は陛下から貧民街の件を一任されている。その関係の書類だと言えば、父上が分かってくださるはずだ。暫く時間をやるから、ゆっくり説明してこい。軽い寄り道は許す」
「了解しました」
陛下、つまりレオナの母親か。
あまり話を聞かないが、どんな人なのだろう。
やはり女王ともなると実の娘でも簡単には会えないのだろうか。
まあ、誕生祭になれば分かるか、と思考を放棄する。
私は一礼すると、執務室を出た。
***
気軽に相談できる相手と言えば、クスティナだろう。
彼女とはなんだかんだ連日会って、共に訓練をしている。
本当に違和感なく日常に訓練が加わってしまったのが驚きだが、案外そういうものなのかもしれない。
訓練場に着くと、超過酷を済ませた騎士達がそれぞれの鍛錬に取り組んでいた。
素振りをする者、木剣を打ち合っている者、槍を使う者は突き練習をしている。
また、少し離れたところでは馬の乗り降りの特訓が行われていた。
激しい砂埃が舞い、厳しい指導の声が飛ぶ。
誰も彼もが真摯に前へ突き進み、限界を打ち破る為に邁進する。
壁に叩きつけられようが地面に倒れようが、意地でも這い上がって来る汗塗れの姿は、知らない者の目には荒々しく粗暴に映るだろう。
かく言う私にも、彼等の行動は理解できない。
どうしてあそこまで必死になれるのだろうか。
「リヴィア。どうかしたのか?」
私がぼうっと突っ立っていると、背後から穏やかな声が掛けられる。
アウグスト様だ。
「失礼致しました。レオナ殿下よりお手紙をお預かりしています。貧民街の件だとか」
「手紙、か」
顎に手を当てている彼は、面白そうな表情になる。
私が運んでくるのが初めてだからだろうか。
「あの子の行動は、やはり見ていて飽きないな」
そう言いながら楽しそうに笑うアウグスト様は、実に愉快そうだ。
何がお気に召したのかさっぱり分からない。
その場で手紙の封を切った彼は、素早く目を通していく。
徐々に口角が上がっていくのを見ると、彼があの二人の親だということがよく理解できる。
「我が娘ながら、なかなかに奇想天外な案を出してくれる。流石は許可が取れないだろうと踏んで城を脱走し、子供を攫ってくる奴だ。君もそう思わないか?」
「……手紙の中身は存じ上げませんが、とても行動力があるというのはとても理解できます」
軽く笑いながら聞いてくる彼の本心が読めない。
私はユリアから習った“婉曲的な言い回し”というのを使い、機嫌を損ねないように気を付けた。
……これで正しいのか?
「そうだな。……そうだ。折角の機会だ、少し騎士団を見学していくか?」
「よろしいのですか?」
「勿論。貧民が出身の者から見て、騎士団の様子はどうか、是非教えてくれ」
レオナから、寄り道をしていいとは言われている。
レオナの視察の際に何度か騎士団の訓練を観察したことはあったが、その時はじっくりととはいかなかった。
どうせならば見てみたいと思う。
「お願いしてもよろしいですか?」
「ああ。……案内係には、今休憩のクスティナを付けよう」
「ありがとうございます」
まったく、親子揃って親切すぎる。
アウグスト様に呼ばれたクスティナが走って来るのを、私は背筋を伸ばして待った。
この時代、騎士と言えば馬です。
現代の馬とは異なり小型でがっちりとした骨格です。
想い鎧を着た騎士が武器を持って乗るので、力が必要だったんですね。
その為、牝馬より牡馬のほうが多く用いられていたとする説もあるとか。
攻撃性が高く、戦場で軍馬同士が戦うこともあったそうです。




