Lv∞. 新・真・ラスボス・クエスト
「少し懐かしい風景ね、でもあの時とは決定的に違うはずよ。さあ、変わったこの世界を堪能しましょう!」
「おうともよ。まずは……こんにちは」
あの時の俺とは違うし、あの時の世界とは違う。それを確認するために、俺は近くにいた村人に話しかける。
「やあ、今日もいい天気だね。これで魔王の生け贄として選ばれてしまったラボちゃんが、村に帰ってくればなあ……」
村人は満面の笑みを浮かべた後、少しアンニュイな表情でざっくりとストーリーを説明する。台詞が何度もループすることもない、そんな当たり前のことで内心ガッツポーズをする自分が悲しいが、それだけ昔の自分の世界は酷かったということを素直に受け止めなければいけない。その傍らでは、黄龍が村の中心にある噴水で足を濡らしていた。
「ちゃんと足が濡れるわ、水の上を歩けないわ。……水の上は歩けた方が面白いと思うけど」
「そんなものはデバッグモードだけにしてくれよ。さーて、世界がまともになったくらいで満足しちゃあいけねえよ、幼馴染のラボちゃんを助け出すために夜にこっそり村を抜けださなくちゃな」
「何なのよその説明的な台詞は……アンタ、アタシがストーリー完全に忘れてると思ってない?」
「さあてな」
俺と黄龍とラボちゃんはいつも仲良しの三人組だったが、ある日ラボちゃんが魔王の生け贄として連れ去られてしまう。それから2年後、大人になりつつある俺達はラボちゃんを助け出すためにこっそりと村を抜け出すのだった……大まかなオープニングはこんな感じである。夜を待つためにそれぞれの家に向かおうとすると、前方からとてとてと小さな女の子が走ってくる。
「パパ! ママ! あそぼ!」
「やあ孤児で俺達を親のように慕っているあーちゃんじゃないか」
「どこか悲しさの残る設定ね。ごめんね、アタシ達は準備があるからまた明日ね」
小さいあーちゃんをよしよしと撫でると、俺達は各々の家に戻り、夜を待つ。皆が寝静まった深夜、俺はそっと家を抜け出して村の入り口、というか出口へ。既にそこには黄龍がスタンバイしていた。
「遅いわよ。さあ、行きましょうか」
「ああ」
生まれ育った村に別れを告げて、情報を集めるために俺達は都会へ向かう。歩くこと数歩、早速俺達の前にぶよぶよとしたスライムがやってきた。
「村で剣の訓練はしてたけど、実戦は初めてだな……」
「スライムって拳が効きそうにないわね……アタシは大人しく防御しておくわ」
「わたしは?」
「そうだな、あーちゃんは魔法が使えるから火の玉を放ってくれ」
初期装備の木刀でスライムを叩き割り、あーちゃんの放った炎の魔弾がスライムを焼き尽くす。序盤の敵なんてそんなもの、わずかな経験値とお金を手にした俺は一息つくと、
「……って、あーちゃん!?」
「わーどうしてあーちゃんがここにいるのー」
わざとらしく驚いてみせる。黄龍も同じく驚こうとしたのだが、最悪なレベルに棒読みだ。作者レベルで完全にストーリーを知っているゲームの主人公になるというのもなかなか辛いものがある。親にも黙って村を飛び出した俺達であったが、あーちゃんにはばれていたのだ!
「パパ、ママ、おでかけするの?」
「そ、そうなんだよ。しばらく帰ってこないから、あーちゃんは家で待っててね」
「わたしおうちない……」
「う……」
小さな少女をホームレスとして家の外できゃっきゃと常に走り回らせるなんて酷い作者もいたものである。結局お決まりのパターンであーちゃんも冒険の旅についてくることになり、賑やかな三人の旅が改めてスタートした。
「すたーふれあ!」
「飛び膝蹴り! きゃあ、スカった!?」
王都に向かう途中の洞窟でゴブリン達と戦い、王都で魔王の城へ向かうための情報を得る交換条件として、近隣の盗賊退治を行う。王道たる展開の連続にしたが、決して適当に無難な展開にしたわけじゃない。王道には、王道たる所以があるのだ。レベル1の貧弱な勇者志望の子供達は、経験を積むことで段々と勇者の顔へとなっていく。俺達3人の冒険は、止まることなく続くものと思われた。
「ぐすん……もううごけない……」
「やっぱりあーちゃんに旅は早かったか……」
と思ったらレベルが15になるくらいで、旅の疲れでバテてしまうあーちゃん。一桁の少女に冒険なんてやはり無理な話だったのである。俺達も今更村に戻るわけにはいかない、山の中に隠れ住んでいる仙人にお願いして、あーちゃんを村にワープさせてもらうことにしたのだが、いざ別れの時になると彼女は駄々を捏ねはじめる。
「やだやだやだ! わたしもいっしょに、ぼうけんにいく! らぼちゃんをたすける! あたしのまほう、べんりでしょ!?」
「駄目だよあーちゃん。確かにあーちゃんは戦力になってるよ、でもあーちゃんは子供なんだ。この先どんどん冒険は厳しくなっていく、俺達だってきつい旅になるっていうのに、半分くらいしか生きてないあーちゃんの体力が持つわけないよ」
「そうよあーちゃん。アタシ達のことなら心配ないわ、ばっちりラボちゃんを助けて帰ってくるから、そうしたら一緒にまた遊びましょう?」
あーちゃんを説得して村に帰そうとする俺達であったが、自分達がかつてそうであったように、この年頃の子供を説得するのは難しい。次々と文句を言い始めるあーちゃん。
「らぼちゃんがかえってきても! どうせわたしはなかまはずれだもん! わたしだけ、みんなととしがはなれてるから、ずっとこどもあつかいされるんだもん! だから、いまぼうけんしないと、もうみんなといっしょに、なにかできなくなるの!!!」
「あーちゃん……」
どれだけレベルをあげても、子供は急に大人にはなれない。俺達とあーちゃんの間には数年という長い壁がある。その壁がこうして彼女の冒険を邪魔するのだし、例え冒険が終わっても、彼女はずっと疎外感を味わうことだろう。そんなあーちゃんの悲しみを知った俺に、彼女を村に帰すことなんてできなかった。
「それならば」
どうすればいいのか悩んでいると、先程からずっと俺達の話を黙って聞いていた、もともとあーちゃんを村に帰してくれる予定だった仙人が口を開く。なんでも彼は、身体と精神を一気に十年分成長させる禁断の魔法が使えるらしい。それを使えば、確かに今は小さな子供でしかないあーちゃんも、俺達と同じくらいの年齢になって、冒険だって一緒にできるかもしれない。でも、どう考えたって危険な魔法だ、十年も寿命を縮めてしまうリスクなんて、子供のあーちゃんにわかるわけがない。俺が本当の父親なら、間違いなく認めていなかっただろう。
「わたし、おとなになる!」
「……わかりました。彼女を、大人にしてあげてください」
それでも、それでも彼女はリスクを承知の上で、俺達と一緒にいたい……彼女がもう少し成長して物事を考えられるようになったとしてもそう言っただろうから、俺は彼女の望みを認める。魔法が発動し、小さなあーちゃんの身体が煙につつまれる。俺と黄龍がごほごほと煙にむせていると、少し懐かしい、男勝りな少女と呼ぶには少し大人びた声が聞こえてきた。
「久しぶり……いや、初めまして、なのかもな? もう俺は、タラコクエストの町娘じゃない。俺は、ラスボスクエストの、この世界の、親父と母さんが作った正真正銘のあーちゃんだ!」
別のゲームの世界からやってきた少女はもういない。けれど、世界を知って成長した少女がここにいる。愛娘との再会を果たした俺達は、更なる旅路へ進むのであった。




