Lv666.縺蟄テ?・シ縲吶ョ メモリストリームの拡大中にメモリが足りなくなりました
「作って、ないって……アンタまさか」
「そうだ。この世界を作ったのは俺だ。そして、ここから先のイベントは存在しない。四天王なんて存在しないし、魔王城に行くことはできない。ラボちゃんは、もう帰って来ないんだ……!」
ああ可哀想なヒロイン。さらわれるシーンだけ描かれて、助け出されるシーンは描かれず。一体彼女はどこに囚われているのか。『俺に恨みを持った彼女が、俺の記憶を操作した』なんてのは、真っ赤な嘘だった。記憶を操作したのは、忘れ去ったのは、俺自身だ。『きっと俺なら、素晴らしいゲームを作れるに違いない』なんて若さ特有の無鉄砲さを発揮して、当然のようにエターナルの海に溺れ、面倒くさくなって、作った事実すら記憶から消去した……この世界は、完成されることなく神に見放されたのだ。
「そんなのって、そんなのってありかよ……ラボちゃんは、消えちまったって言うのかよ!? さらわれた時点で、彼女の出番は終わりだってのかよ! どうにかなんないのかよ!」
「……」
「ラボちゃんは、こうなることを最初から知っていたのね……自分が決して救われないことを知っていて、それでも自分を作ってくれた人……アンタに知って欲しくて、わざわざ現実世界にまで来て」
「やめろ! それ以上、それ以上言うな!」
俺に詰め寄るあーちゃん。そんなのこっちが聞きたいくらいだ、あの時彼女が言った言葉は『たすけて』だと思っていたけれど、今となっては『さよなら』だったのかもしれない。彼女は自分が助け出されることがないと知っていたのだ。悲しそうな顔でラボちゃんの思惑を述べる黄龍に、現実を受け入れることができずにあたってしまう。どうしてだよ、どうして言ってくれなかったんだよ。言ってくれれば、俺だって彼女の事を思い出して、反省して、どうにかなったかもしれないのに! 俺を恨んでいたから、自分の存在が消えることも覚悟で、俺にこんな辛い気持ちを味あわせようとしたってのかよ!? そんなに俺が憎かったのかよ! ああ、そりゃそうだ。結末も描かれず、ただ序盤にさらわれて終わるヒロインなんて、神を憎むに決まってる。俺は、それだけのことをしたのだ。
「……そうだ! ねえ、確かアンタ、ラボちゃんに力の一部を貰ってるんでしょ? それで何とかならないの? 例えば、ゲームを最初からにするとか」
「……駄目だ、何も力が湧いてこない。この世界に入った時点で、俺は無力な一般人と化したようだ」
もしもリセットボタンがあるならば、F12のボタンがあるならば、すぐにでも押して、ラボちゃんと再会して土下座しただろう。しかし俺にはそれすら許されない。脳内にメニュー画面を開くこともできない、もうゲームは終わったのだ。あの扉を開いた瞬間、この世界はゲームでは無くなったのだ。
「……うおっ!? な、なんだあれ……光?」
自分達以外何も無かった空間に突如として光が現れる。恐る恐るその光の方へ向かうと、それは二つの開かれた扉であった。
「これって、アンタの部屋……よね?」
「こっちは、タラコ・クエスト……俺の本来いるべき世界だ。……そういうことなんだろうな」
扉の向こうに広がる、いつも俺達がいた世界。ここに入れば、この狂った出来損ないのゲームの世界から、現実世界へ、あーちゃんは自分のゲームの世界に戻れるのだろう。俺達は、ゲームをクリアしたのだ。ラスボス・クエストの用意されたシナリオを全てプレイして、ゲームと向き合うという俺の本来の目的は、自分の作ったゲームと向き合うなんて、最高にして最悪の形で終わりを迎えたのだ。
「もう、これでお別れってこと……なのよね。馬鹿なアタシでもわかるわ」
「俺達がそれぞれの世界に戻ったら、この扉は消えるんだろうな、ラボちゃんがいた世界ごと。……きっとこの扉は、ラボちゃんが最後の力を振り絞って用意したんだよ」
「やめろ、やめろやめろやめろ! 『お別れ』なんて、ふざけるな!」
最後は円満に、ハッピーエンドに、悔いの残らないようなお別れをしたかったのに、こんな形で、元の世界に戻れだって? 日常を謳歌しろだって? そんなの、そんなのあんまりだ! 扉の前で項垂れて嗚咽していると、あーちゃんがすっと自分の扉の前に立つ。
「……俺は、自分の世界に帰るよ」
「……! ま、待ってくれ、行かないでくれ。ラボちゃんも、あーちゃんも失ったら俺は……」
「俺もゲームの世界の住人だからさ、なんとなくわかるんだ。もう残された時間はあんまりない、このままじゃこの扉自体消えて、俺達もラボちゃんと同じく無限の牢獄だよ。今まで、楽しかったよ。色んな冒険に連れてってくれて、大人にもしてくれて……でも、俺はゲームのキャラだからさ、やっぱり元の世界に帰らなくちゃいけないんだよ。古臭いゲームの中で、勇者についていく少女として、自分の務めを果たさないといけないんだよ。そうなったら、俺の自我は消えちゃうのかもしれないけどさ」
「嫌だ……嫌だ……!」
子供のように泣きじゃくる俺の頭をそっと撫でるあーちゃん。自分の娘に宥められる程情けなく、恥ずかしいことはないけれど、それで彼女と別れずにすむというのなら、いくらでも幼児退行してやりたかった。そんな俺の心を見透かしたように、あーちゃんはふっと微笑むと、扉の中に一歩を踏み出す。
「……親父も、母さんも、現実世界で自分の務めを果たさなきゃ。ラボちゃんの分まで、俺の分まで、現実世界で頑張らなくちゃ、色々なものを作らなきゃ。なあ親父、何かを作るって、大変なことだよな。途中で飽きて、こんな悲劇だって引き起こす。でも、人間は道具、だったり、お話だったり、何かを作る生き物だからさ。今回、の件を、教訓にしてさ、ちゃんとした、ゲーム、だったり、素晴らしい、ものを、作ってくれよ。きっと、ラボちゃんもそれを望んでいる、からさ。ああ、畜生、俺が泣いて、どうすんだよ……じゃあな!」
扉の中に完全に入り、あーちゃんが俺達に向けて、涙交じりの、精一杯の笑みを浮かべる。その瞬間、扉が光り輝き、跡形もなく消えてしまった。何も言えずに取り残されていた俺達だったが、黄龍が扉に向かって一歩を踏み出す。
「……アタシ達も、帰るわよ」
「嫌だ」
「ここでラボちゃんと一緒に、無の世界で生きるつもり? それが償いになると思ってるの? ……馬鹿じゃないの?」
彼女が苛立った声を発し終えたと同時に、世界が揺れる。時間がない、というのは本当なのだろう。それでも俺は、この世界から出るつもりにはなれなかった。彼女の言う通り、この世界で一生を終えることが、出来損ないの世界を作って放置したことへの償いであると思っていた。無言で返事をする俺を、黄龍は心底見下したような表情で睨みつける。
「あっそ。そんな馬鹿な恋人、こっちから願い下げ。アタシだけ帰るわ。アンタの両親には『現実世界とゲームの世界の区別がつかなくなって、行方不明になりました』って言っておくわね。アンタはラボちゃんみたいに悲劇のヒロインにはならないわよ、ただの愚者として皆の記憶に残るの」
世界の揺れがどんどん激しくなる。扉の中に片足を踏み出したところで、急に彼女は振り返ると俺の手をがっしりと、崖から落ちそうなヒロインを助ける勇者のように掴む。
「……アンタは、生きないといけないのよ!」
そのまま彼女が俺を扉の中に引っ張り入れる。その瞬間、曖昧だった世界は固定され、ゲームの世界なんて最初から存在しなかった、全ては俺の妄想だった、そんな感覚すら湧き出てくる程現実の空気が身体にしみる。ベッドの上でぼーっとしていると、目に涙を浮かべた黄龍が俺の身体をぎゅっと抱きしめる。
「償いがしたいなら、生きてしないといけないのよ。アタシ達は、ラボちゃんのことも、あーちゃんのことも忘れないで生きていく。それがアタシ達に、アンタにできることなのよ」
「俺にできること……」
どれだけ現実世界の、生身の温もりに触れていただろうか。脳が冴える。自分がしなくてはいけないこと、自分にできることが、どんどん頭の中に浮かんでくる。
「黄龍」
「何よ」
「やるぞ」
その第一歩を踏み出すために恋人に協力を願ったのだが、彼女は何か勘違いしたのか赤面して俺を突き飛ばす。痛い。でもこの痛さは現実世界にいる証拠。俺が現実世界の住人である証拠。
「な、ななななな? あ、アンタ帰って早々何言ってんのよ!? そりゃ、確かに二人きりにはなったし、アンタが寂しいのもわかるけど……」
「何勘違いしてるんだ黄龍、作るんだよ」
「つ、作る!? 作るって、そ、そんな、まだアタシ達高校生だし」
誤解に誤解を重ねて慌てふためく黄龍。彼女はこうでなくっちゃ、元気でバカでなくっちゃ。そんな彼女を見て笑みを浮かべながら、俺は俺達のやるべきことを、自分に言い聞かせるように吠えるのだった。
「ラスボス・クエストを完成させるんだ!」




