Lv10.しゃにむに庭球追いかけろ! 30-0
不純な動機でやってきましたテニスゲームの世界。気づけば俺達は舞台となる中学テニス部のユニフォームを身に纏っており、ラケットを持ってテニスコートに立っていた。
「あ、あそこにいるのクラゲ君じゃない?」
「あっちには猫狩もいるな」
俺達の目の前で、どう見ても中学生には見えない漫画のキャラ達が走り込みをしたりラリーをしたりと思い思いに練習をしている。分身していたり空中に浮いていたりするが、あれがこの世界ではデフォルトなのだ。
「彼等の邪魔しちゃあ悪いし、アタシ達はここのコートで練習しましょ」
「へいへい。さっさと練習を終わらせて帰るぞ」
「それじゃあ私達もこっちのコートで遊んでおくわ」
流石は強豪のテニス部、部外者がコート2つ勝手に使っても何の問題もない。とりあえずサーブが入らないとお話にならないので黄龍のサーブ練習に付き合ってやることに。
「……波動サーブ!」
高くボールを投げて、叫びながら黄龍がラケットを振るう。爆音と共に物凄い勢いでボールはネットにぶち当たり、ネットを突き破って俺の脇をかすめ、後ろにある部室の壁にヒビを入れた。
「……ちょっとタンマ。お前、自分の言ったこと覚えてるか?」
冷や汗を流しながら、思いきり外したのに手ごたえを感じて満足気な黄龍に詰め寄る。もしもアレが当たっていたら今頃俺は爆散していたかもしれない。
「波動サーブでしょ? この作品を代表する技の」
「そこじゃねえよ! お前『その無念を、アタシ達がまともにテニスをやることで晴らすのよ!』って言ってたじゃねえか! 何で普通に必殺技とか打ってんだ! ていうか打てるのかよ!?」
「折角漫画の世界に来たんだから少しくらいいいじゃない。何か念じたら打てたわ」
どんどん練習するわよと再びボールを高く投げる黄龍。咄嗟に俺は身の危険を感じ取り、コートから逃げ出した。俺が元いた場所を今度は炎を纏ったボールが通りすぎ、またも部室の壁にダメージを入れる。
「ちょっと、逃げたら練習にならないじゃない」
「サーブを入れるのに俺がいる必要ないっていうか普通のサーブができないのにそんなサーブ打つなよ。こないだも初心者の癖にアレンジ料理という名のゴミを作りやがって」
「どうせサーブ入らないなら、KO勝ちを狙おうかなって」
「テニスはそんなスポーツじゃねえよ!」
俺の悲痛な突っ込みも虚しく、近くのコートでは漫画のキャラが別のキャラのボールを受けて、金網に磔にされていた。この世界ではKO勝ちが確かに存在するし、体力ゲージが実装されているこのゲームではそれが尚更強調されている。
「すいませーん、サーブが入らないんですけど」
「? ああ、見たことない顔だけど新入部員かな? サーブにも何種類かあるんだけどね……」
郷に入っては郷に従え、俺もこの世界ではテニ又プレイヤーとなるべきか、でもそれだと練習にならないよなあ……と悩んでいる中、黄龍は練習を見ていた漫画の主人公に馴れ馴れしく話しかけてサーブのコツを学んでいる。テニスコートもあるし、いいコーチや練習相手もいるし、確かにテニスの練習をするには最適な世界なのだろうけど、そもそもこの世界のコーチの言う事を聞いてまともなテニスが上達するのだろうか。
「よし、それじゃあ気を取り直して……イエロードラゴンサーブ!」
酷いネーミングセンスと共に、彼女のサーブが炸裂する。変なオーラを纏ってこそいないものの、くねくねして凄く気持ち悪い、まさしくドラゴンのような軌道でボールは俺のコートへ向かってくる。バウンドしたボールを打とうとするが、かなりの回転がかかっているのかあらぬ方向にボールが飛び、俺は空振りしてしまった。仮にも彼氏の情けない姿を見て、黄龍は満足気な表情になる。
「……ふふふ、アタシ天才だわ。こんな簡単に魔球を習得できるなんて」
「なあ、イエロードラゴンサーブはやめないか? 中国語読みの方がよくないか? ファンロンサーブとか」
「アタシのネーミングセンスにケチをつけるっていうなら、サーブを打ちかえしてみなさい! イエロードラゴンサーブ!」
高くボールを上げ、技名と共に思いきりボールを打つ彼女。同じ手は俺に二度は通用しない、さっきの一撃でボールの軌道は予測済みだとゲーマーとしてのスキルを活用しようとしたが、
「なっ!?」
飛んできたのはごくごく普通のサーブだった。さっきと同じサーブが来ると思っていた俺は完全に対応が遅れ、普通にやってれば俺でも打ち返せたであろうサーブを見送ってしまう。
「……技名叫んだからって、そのサーブ使うとは限らないでしょ?」
「いくら何でもそれは卑怯だろ……」
勝ち誇った顔をする黄龍を忌々しげに眺めながらも、裏をかいたことを素直に称賛している自分もいる。そういえばラボちゃん達は何やってるのかなと隣のコートを覗くと、
「喰らいなさい……『死神の鎌』!」
「なんの! 『16連打』!」
鎌ではなくラケットを持ったラボちゃんは、鎌のように鋭く曲がったサーブを放ち、あーちゃんはラケットを高速で振り回しそれに対応する。既にこっちの世界にどっぷりと浸かっているではありませんか。
「郷に入っては郷に従えってか……上等だよ、ゲーマーなめんじゃねえ!」
「そう! それよ! 本気のアンタを、完膚なきまでに打ちのめす! それこそがアタシが求めていた愉悦!」
俺の奮起に彼女がニヤリと笑い、今度は本当のイエロードラゴンサーブが飛んでくる。大丈夫、ここは超人テニスの世界、更に言えばゲームの世界だ。だったら俺だって、無茶ができるはず!
「……ポーズ!」
イエロードラゴンサーブが着弾した瞬間、俺はそう宣言してゲームの世界自体の時を止める。当然だ、ゲームなのだからポーズができる。動くことはできないが、しっかりと俺はその目でボールの跳ね返った方向を見極め、脳内で方向キーを全力でその方へ押す。ポーズが終わった瞬間、俺は全速力で跳ねたボールを追いかけ、見事にリターンを決めてやった。
「……ちょ、ちょっと今の卑怯すぎない!? 完全に硬直したせいで反応遅れたじゃない!?」
「うるせえ、タイム連打は常識だ」
「くっ……」
必殺サーブを返されたのが余程悔しいのか歯ぎしりしながらこちらを睨みつけてくる黄龍。やがて彼女は妙な構えをとりはじめる。
「何の真似だ?」
「アタシの武術を取り入れたテニスよ。トリッキーな動きに慣れる頃には、決着がついているでしょうね」
「原作キャラと設定被ってるぞ……」
そもそも彼女が主に使っている武術がなんなのかよくわからないが、それからの彼女はアクロバティックにコート内を駆け巡り、確かに何をしてくるかわからず厄介そうに見えた。しかし……
「はっ! せい! やぁ!」
「おい、もう俺のロブが決まったぞ」
「……駄目だわ、魅せることを重視して、テニスを放棄してしまうなんて……! 格闘家の性ね」
「そうなのか……?」
試合そっちのけで演武をしているせいで、完全な弱体化だ。気を引き締めたのかフルフルと首を振り、普通の構えに戻る。
「やっぱり不器用なアタシには、一つのことに集中するのがお似合いね! 来なさい!」
「……ああ、望むところだ」
そこからはお互いに大技を出しまくる白熱した試合に。俺も気づけば漫画のキャラの必殺技を放てるようになっており、身体もびっくりする程軽い。超人テニス漫画の世界を楽しんでいた俺達だったが、
「真ドラゴンイエロースマッシュファイナル改! ……あちゃー、ボール変な方向に飛んじゃった。 すいませーん、ボール取ってください」
壊滅的なネーミングセンスと共に新しい必殺技を試したかったらしい黄龍が、失敗してあらぬ方向にボールを飛ばしてしまう。丁度そこにいた男性にボールを取ってくれと頼む黄龍だが、何やら様子がおかしい。
「……」
「おい黄龍、お前ボールぶつけたんじゃ」
「ぶつけてないわよ、地面にあたってコロコロとあの人の方に転がったのを彼が拾ったんですもの」
うつむいたまま、ふるふると震えながらボールを手に取りこちらに向かってくる男性。彼の顔を見た時、俺達は目を疑った。
「……へ?」
「こ、この人って……」
そこにいたのは、今を時めくテニスプレイヤーの錦岡氏だったからだ。よく漫画に出てくる、実在の人物をモチーフにしたキャラではないし、漫画の中にそんなキャラはいなかった。どう見たって本人なのだ。どうして彼がこの世界にいるのか疑問に思う俺を後目に、黄龍は目を輝かせる。
「錦岡選手! ファンです! ボールにサインください!」
「アホかお前は……」
「こんなの……」
ゲームの世界に何故かいるテニスプレイヤーにためらいなくサインをお願いする恋人に呆れていると、錦岡氏は持っていたテニスボールを地面に叩きつけ、
「こんなの、テニスじゃねえ!」
怒りや悲痛といった感情のこもっていそうな声で叫ぶ。当たっていたのだ、黄龍の予想が。




