Lv9.誘惑に負けない勇者はいらない 第二章
「……」
「あの、その」
「言い訳するな」
「はい」
どうしようもなく気まずい静寂の中、土下座をする俺と、それを見下ろす黄龍と、予想外の事態にあわあわしている二人。
「ま、まあまあ彼女さん、男の人ってそういうものだし」
「そうだぜ母さん、しょうがないんだよ」
まるで男を熟知しているかのような口ぶりでフォローを入れる二人だが、今の彼女にとっては逆効果。
「……こいつはね、アイドルになってみたいっていう私にね、『俺以外の男の見世物になるのは嫌だ、俺だけのアイドルでいてくれ』って、清々しいくらいの独占欲を発揮したのよ。健全な男子はエッチなことをしないと色々まずいから、アタシが恋人として何かしないといけないのかしらと悩んでいる時に、浮気はしない、エロい妄想は全部お前でするからって言ってくれたのよ。それなのに、それなのに……」
「違うんだ黄龍、俺はやましい気持ちでこのゲームを」
「まあ、アタシも、なるべくならば寛容な女になろうと思ってるわ。口ではどうこう言っても、男ってのはそういう生き物。良妻賢母を目指す者として、それくらいは受け入れるべきだと思っていたわ。でも、でも、実際にこういうのを見たら、駄目だったの。もやもやが止まらないのよ、う、ううっ……」
見る見るうちに顔をくしゃくしゃにして、俺のベッドにダイブしてめそめそと泣き始める黄龍。あの黄龍が泣くなんて……と、改めて事態の深刻さを痛感する。
「そ、それで、どんなゲームなの? ひょっとして、エロじゃなくてグロ?」
「……いや、エロだよ。これがパッケージ」
黄龍の問題も全身全霊をかけて解決しなければいけないが、ゲームの問題も解決しなければいけない。俺は観念して引き出しの中からやたらと大きい箱をラボちゃんに手渡す。エロゲーというかPCゲーの箱というのはどうして無駄にでかいのだろうか。
「えーと、『や、やめろ……俺は、俺は勇者だぞ! なのに、魔物なんかに……』……な、なるほど、そういうゲームね……」
「どういうゲーム? アタシに似たヒロインが出てくるの? それなら許す」
パッケージの裏にある解説を読んでゲームの内容を察したラボちゃん。黄龍も一抹の望みをかけて泣き顔のままひょいとパッケージを覗き、そこにサンプルとして表示されていたエッチな画像を見て顔を真っ赤にする。初心で可愛いな、なんて感想を抱いてしまうのは、現実が見えていないのだろうか。
「……な、何これ、ネコミミ? 羽根が生えてる? 蛇?」
「あー、その、出てくるヒロインは、人間じゃなくて、いわゆるモンスター娘ってやつで……」
「へ、変態! ア、アンタ、人間じゃ満足できなかったなんて……こんな奴に、こんな奴が好きなんて……う、うえええん」
これがもしも、黄龍に似たヒロインといちゃいちゃするゲームだったら機嫌を治してくれただろうが、一般的にはアブノーマルとも言える内容に、黄龍はかなり心を抉られたらしく俺のベッドでじたばたと暴れて泣きわめく。
「と、とりあえず、このゲームの世界に行くわよ。彼女さんは、精神的に辛そうだし休んでなさい」
「嫌! アタシも行く! アタシが見てないと、どうせゲームの中で女の人とエッチなことするに決まってるわ、う、ううっ」
「重傷だな……おい親父、本当になんでこんなゲームやったんだよ、流石に擁護できねーぞ」
「ゲーマーとして、やらざるを得なかったんだ……」
ゲームの世界に行く前からチームの友情も愛情もボロボロ。それでも俺達はこのゲームの世界に行って、俺がやらかした罪を清算しなければいけないのだ。いつものようにゲームの世界にトリップする。そこはよくある中世ファンタジー的な世界だ。
「……で、ここからどうすればいいのかしら。そもそもどういうストーリーなの?」
「多分、魔王の城に行けばいいと思う。普通のRPGだよ。この村に住む、女神の加護を受けた主人公が、魔王を倒しに行くっていう。まあ、出てくる敵は全部女の子の姿なんだけど……」
自分で言ってて何言ってんだと思うが、そういうゲームだから仕方がない。ひとまず俺達は魔王の城に向かうために村を出る。しばらく歩くと、突然青くてドロドロした液体が行く手を阻む。スライムだ。……スライムと言っても、一般的なRPGに出てくるああいうタイプのスライムじゃない。
「あ、男の人だー。ねえねえ、私とあそぼ?」
女の子の形をしたスライムだ。全裸、という表現はおかしい気がするが、とにかく女の子の形をしているスライムが男である俺を見つけて誘ってくる。そういうゲームだからしょうがないね。
「殺す」
「……! ぴぎゃーっ! えーん、痛いよー」
勿論可愛い女の子とてモンスターはモンスターなので、誘惑されるがままなんてもっての他、戦うか逃げるかしなければいけない。序盤に出てくるモンスターは別にこちらを襲おうとしているわけではないので、素直に逃げればいいのだが、黄龍は俺の持っていた剣を奪い取ると、物凄い形相でスライム娘を切り刻んだ。
「お、おい、黄龍」
「ふん、アタシの男に色目を使うなんて、万死に値するわ」
バラバラになってもスライムなのですぐに合体する。けれど痛みはあるのだろうか、泣きながら逃げて行くスライム娘に唾を吐きかけ、急ぐわよと先を行く黄龍。
「裏切られても一途に貴方の事を思ってるが故の行動ね、泣けるじゃないの」
「いつか俺達も母さんに斬られそうで怖いな……」
「は、はは……」
今の彼女をどう表現すればいいのだろうか、ヤンデレに属するのだろうか。怒りやら愛やら色んな感情のつまった今の彼女の戦闘力は、ここが現実世界ではないことも相まってとんでもないことに。
「飛べなくなっちゃうよー」
森の中で不意打ち気味に俺に抱きついてきたハーピー女を引きはがし、そのまま羽根をもぎ取ろうとしたり、
「いやーん、骨が折れちゃう、ミルク飲まなきゃ」
魔界の門番をしていた怪力自慢の牛娘を背負い投げで吹っ飛ばしたり、一騎当千の大活躍。これは女の子の姿をしたモンスターを虐殺するゲームではないかと錯覚するくらいの勢いで、俺達は魔王の元へ辿り着いた。
「……ふむ。よくぞここまで来たの、勇者よ。ワシが魔王でありサキュバスの女王じゃ」
「アンタがラスボスね、とっとと用件を言いなさい。それと、その無駄に露出の高い服でアタシの男を誘惑するのはやめなさい。さもなくば真紅の服を纏うことになるわ」
「……勇者よ、お主、自分の犯した罪をきちんと理解しておるか?」
魔王城の玉座に座る、美しい顔と豊満な身体を持つ魔王はコートを羽織りながら俺を忌々しげに睨みつける。心当たりがあった俺は、さっき黄龍に土下座したのが響いているのだろうか、気づけば今回も土下座をしていた。
「ゲームのコンセプトを完全に無視して申し訳ありませんでした!」
「……ゲームのコンセプト? そういえばこのゲームで何か悪いことをしたからこんなことになってるのよね、アンタ何をしたのよ」
「そこの女。このゲームがどういうゲームか知っておるか?」
「知ってるわよ、女の子の姿をしたモンスターと戦って、勝ったらご褒美としてエッチなことをするんでしょ。似たような麻雀のゲーム、昔ゲームセンターに置いてあったわ」
パッケージを見てゲーム内容を理解していたと思っていたが、どうやら黄龍は根本的な勘違いをしているようで、脱衣麻雀のようなものだと思っていたようだ。呆れたような顔をした魔王はやれやれと首を振る。
「逆じゃ」
「逆?」
「このゲームは、女の子の姿をしたモンスターと戦って、負けたらお仕置きとしてエッチなことをされるのじゃ。男が、女に、無理矢理な」
「……! ア、アンタ、そういう願望があったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだよ……」
彼女は俺がこのゲームをやりながら、女の子のモンスターを倒しては次々と犯していたと思っていたようだが、真実は全くの逆どころか、無である。
「そういう趣旨のゲームじゃから、基本的に戦闘の難易度は非常に高く設定されておる。普通の人ならば、1度は負けてエッチなことをされてしまう、そんなゲームじゃ。しかしこの男は……」
「……そう言えばアンタ、一度もゲームオーバーになったことがないとか変な自慢してたわよね。つまり」
「負けてないよ、俺はこのゲームで一度も。戦闘の難易度が高いって聞いてたからさ、ゲーマー魂が燃えちゃって。そりゃ、パッケージの裏とかでエロい絵を見たり、ほとんど全裸なキャラとかも出てきたけど、一度も戦闘で負けたことはないし、エロシーンなんて見た事もないよ」
「そう! この男は、ゲームのコンセプトを完全に無視し、先程までのようにモンスター娘達を容赦なく撃破してきたのじゃ! これがゲームに対する冒涜でなくて、何なのか!!!」
これがこのゲームにおける俺の罪であり、彼女持ちの俺がこんなエロゲーをプレイした真実。事態が呑み込めた黄龍は、見る見るうちに笑顔になって、
「……アタシ信じてたわ! もー、そういうことなら先に言いなさいよ。うん、わかるわその気持ち。アタシも好きな漫画が結構破廉恥な内容も含んでたんだけど、シナリオが好きだったから最後まで読んだことあるし」
「言い訳させてくれなかったじゃんよ……」
俺を赦すとともに抱きついてくる。ゲームを完全に蹂躙され怒りに震えている魔王とは対照的に、満面の笑みを浮かべるのだった。機嫌を直してくれて本当によかった。




