Lv9.誘惑に負けない勇者はいらない 第一章
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみー」
午後11時。ラボちゃんとあーちゃんは寝るために俺の部屋を出て行って今は使われていない両親の寝室へ。取り残された俺は、部屋の鍵を閉めてそっとパソコンの電源をつける。
「……流石にこのゲームをやってるところを見られるわけにはいかないからな……」
孤独を好んでいるわけではない。毎日のように部屋に皆がいて、ゲームやったりして遊ぶ。そんな小学生の頃のような状況を素直に楽しんでいた。だけど、俺だって男だ。一人になりたい時もある。
◆ ◆ ◆
「あーもう最悪! こないだ彼氏の部屋に遊びに行って、エッチな本でもあるかなーと思って何気なく机の引き出し開けたらゴムが入ってたのよ? 本当に最悪!」
「うわー、それはちょっと引くわー」
「え、別にそれくらい普通じゃん」
「貫通済みは黙ってなさい」
数日後のお昼休憩、何気なしに女子勢の会話に耳を傾ける。備えあれば憂いなし、男としては別にそれくらいいいんじゃないかと思っていても、女子からすればそういうことを考えている時点でアウトな人もいるようだ。
「……ゴムって何?」
「え、トリプトファン、マジで言ってるの? 恋人持ちなのに」
黄龍のきょとんとした顔に、心配そうに俺の方を見てくるクラスの女子。現代の女子高生にしては、黄龍は性知識が無い方だ。よく言えば純粋、悪く言えば単純な女だから今まであまり興味を持ってこなかったのもある。俺と付き合うようになって嫉妬や独占欲と一緒に少しずつ性への興味を持つようにはなったみたいだし、この前の世界で男になった時に盛っていたのを見るに割とムッツリなのかもしれない。
「あのね、ゴムってのは……」
「……!」
呆れたクラスメイトが黄龍にゴムの説明をすると、俺の方を見て顔を赤らめる。中学生か。
「な、なるほど。うん、まあいいんじゃない? 男って、そういう生き物だし? エッチな本よりマシなんじゃない? エッチな本より、アンタとそういうことがしたいってことでしょ? 愛されてるじゃない? しかも、ゴム、つけるってことは、その後の事もきちんと考えてるって、ことじゃない?」
「うわートリプトファンが男を語ってる。流石は雨宮君だけのアイドル」
「ちょ、ちょっと茶化さないでよ」
女子がこの前の件を持ち出してきたもんだから、黄龍だけではなく俺まで恥ずかしくなって顔を赤らめてしまう。勢いとは言え、よくもまああんな台詞が飛び出たもんだ。
「くくく、人気者だなあ雨宮。俺も告白する時にあの台詞使ってみようかな、『俺だけのアイドルになってくれ!』ってよ、くくく」
「ぷ、ぷぷ、やめなよ友人君。でも、凄くカッコよかったよ」
「……ったく、俺はあんなキャラじゃないはずなのに」
人の噂も75日。まだまだネタになりそうだなとため息をつく。放課後になり、いつものように黄龍と一緒に学校を出る。昼間の件を引きずっているのか、今日はやけに静かだ。
「……そ、その、アタシと、エッチなことしたいと思ってるの?」
「そりゃ、男だし」
黄龍の方からそんな話題を持ちかけてくるようになるとは、人は変わるもんだ。真剣な質問には、こちらも真剣に答えるべきだろうと己のリビドーを否定することなく告げる。
「ア、アタシ達、付き合って結構……結構? あれ? どのくらい経ったっけ」
「付き合ったのが体育祭前で、多分まだクリスマスは来ていないから長くて2ヶ月くらいかな」
「あれ、あんまり経ってない……ていうか多分まだクリスマスは来ていないって何よ」
「気にするな。というか、俺らもうエッチなことはしてるだろ、性別は逆だけど」
「あの時のことはほとんど覚えてないからノーカンよ。とにかく、物事には順序があるわ。そ、そういうことは、しばらく待ちなさい。ア、アタシは、その、勉強とか、するから」
物事には順序があるというのは、俺が盛っていた彼女に言った台詞のはずなのだが……なんとなくだが、俺よりもこいつの方が余程性に興味があるんじゃないだろうか。性別が逆になった時はあの様だったし、ロクに知識がない割には過剰反応するし。
「まあ俺は紳士という名の草食系男子だから、お前が求めてくるまでは手を出さないさ。手を出しても返り討ちだろうけど」
「そ、そうよね、アンタへたれだし。家にラボちゃんやあーちゃんがいたって手を出さないわよね、うん。いい、浮気は駄目よ? エッチな本読んだり、エッチなビデオ見たりしたら駄目よ。あれ、でもそうなるとアンタが性欲を解消できなくなるわね、健全な男子高校生にとってそれは死活問題らしいし、つまりアタシがエッチなことをしないといけないってことに、あれ? あれ?」
「あー、もういい、喋るな。あまり深く考えるな。浮気する気はないから。エロい妄想も全部お前でするから」
「え、えへへ……なんか照れるわね」
付き合いたての中学生カップルみたいな会話をする俺達。正直言って、俺はこいつの純粋なところに惹かれている節がある。そんな簡単に淫乱な女になってもらってはこっちも幻滅してしまうというものだ。
「おかえりなさい。あら、二人とも顔が赤いわよ?」
「お、俺に妹ができるのか?」
「何てことを言うんだあーちゃん」
家に帰ると、ラボちゃんとあーちゃんにまで冷やかされる。カップルの通過儀礼として、リア充税として甘んじて受け入れるべきなのだろうか。
「それで、次はどこの世界に行くの?」
「そうね……! ま、待って!」
皆でゲームをしながら、次に行くべきゲームの世界について黄龍が尋ねる。候補の中からどれにしようか選んでいたらしいラボちゃんだが、急にビクリと震えて辺りを見回し始めた。
「どうしたんだラボちゃん」
「……貴方、何をやらかしたの?」
「?」
「かなりの怨念よ、それも新鮮な。……最近プレイしたゲームで、また新しく恨みを買ってしまったようね。しかも相当酷いことをやらかしてるわ、一刻も早く解決しないと、私でも抑え切れるかどうか」
呆れたような目でこちらを見た後、怨念の出所を探すために集中するラボちゃん。ラボちゃん達と一緒にゲームで遊ぶようになって、あんまり新しいゲームをプレイすることがなくなった。だから最近プレイしたゲームというのは限られてくる。恨みを買うようなプレイをしたゲームはあっただろうかと思いかえすと、一本のソフトが脳裏をよぎる。まさかな。
「わかったわ、そこのパソコンの中のゲームね」
「……!」
やがてラボちゃんが俺のパソコンを指差す。まずい、よりにもよってあのゲームが。ゲームで俺が何をやらかしたかよりも、何のゲームをやっていたか、の方が今回は大問題なのだ。
「パソコンのゲームって、たくさんあるんじゃないの? インターネットでもゲームはできるみたいだし。まずは探さないといけないってこと?」
「いえ、大丈夫みたいよ。そこのPCケースの中から強い波動を感じるわ、多分CDが入っているのね」
「何だ、それならさっさと解決しに行きましょう」
何とかしてあのゲームの存在を隠すことはできないだろうかと懸命に考えていたが、無情にも黄龍はPCのボタンを押してCDを取り出してしまった。ああ、終わった。
「何々、『モンスター・ガール・ファンタジー』……RPGかしら、ん?」
中身を確認していた黄龍が、ピタっと固まる。ちょっとトイレに行ってくるとその場から逃げようとした俺だったが、
「待ちなさい」
「はい」
ドスの効いた彼女の声に怯え、その場で正座してしまう。いつでも土下座ができるように。
「アンタ、視力いくつ?」
「0.8です」
「ふうん、視力測りなおした方がいいわよ。……『18歳未満のプレイは禁止されています』なんて注意書きが読めないなんてねえ!」
「ひぃっ!」
あえて暴力は振らずに汚物を見るような目で俺を見下ろすだけの彼女から目を逸らすことができない。俺だけのアイドル宣言をし、浮気はしないと言った矢先、エロゲーを見つけられてしまう……間違いなく、過去最大のピンチであった。




