Lv8.焼き豚をプロデュース LESSON 1
「それじゃあ着替えてくるから待ってて」
着替えて俺の家に遊びに行くために自分の家に入っていく黄龍を見送りながら、俺は不気味さを感じていた。
最近どうにも黄龍はちょっとおかしいのだ。元々ちょっとおかしい、と言われれば反論はできない。が、仮にも恋人という関係の立場から言わせてもらえば、
「おまたせ。さ、行きましょ」
フリフリの衣装に身を包んだ今の黄龍は違和感しかない。何て言えばいいのだろうか、クイーンビーが無理にナードの服を着ている感じの。いや、黄龍がクイーンビーと言いたいわけじゃないし、ナードを馬鹿にしているわけでもないのだが。
「お前、その服……」
「似合うでしょ?」
「あ、ああ……」
一体どうして彼女がこんな服を着るようになったかを問いただそうと思ったが、ヘタレな俺は聞くことができない。着ちゃ駄目だ、なんて思っていない。ルックス的には別に壊滅的に似合っていないわけではないが、とにかく今までのイメージと違いすぎるのだ。制服のまま家に来ることだってあるし、着替えても適当そうな服装、最悪ジャージだったこいつが、いきなりフリフリの少女趣味な服を着出したらそりゃあ不安になるってものだ。
「……キャラが被ってない?」
「どうしたんだ母さんは?」
黄龍に違和感を覚えているのは俺だけではなくラボちゃんもあーちゃんもらしい。ラボちゃんは暗い感じで黄龍は明るい感じの服だが、確かにどちらもゴス系ではある。ただでさえ自分の存在価値とかに悩みがちなラボちゃんにとってはそんな些細なことでも懸念事項なのだろう。
「ちょっとお花摘んでくるわね」
この日は4人で友情破壊ゲームをしていたのだが、どんなゲームでも俺にばかり妨害を仕掛けてくる黄龍が今回は誰の妨害もせず、それどころか協力的な姿勢を取ってくる。しかもいつもは胡坐をかいていたのに正座になってるし、トイレに行くのにあんな事を言い出すし。
「最近黄龍がおかしいんだよな……」
「そうなの? 僕にはいつも通りに思えるけど」
「俺からすれば網野ちゃんはいつも面白可笑しいと思うがなあ」
学校の昼食時にそれとなく友人達に相談してみたのだが、学校では制服を着ているし、恋人の俺と違ってこいつらはそんなに頻繁に黄龍を見ているわけではないから理解してくれない。学校でも口調が少し丁寧になっているし、ファッション誌を読んでいたりと明らかに普段と違うのだが。
「まあいいか。今日はあいつが弁当を作ってくれたんだよな……うっ!?」
俺の気にしすぎだろうかと彼女の作ってくれた弁当を食べる。卵焼きを口に含むと、物凄い塩辛さにむせてしまう。さてはあいつ砂糖と塩を間違えやがったな……いや、でも卵焼きって砂糖を使うとこと塩を使うとこがあるからなあ……いやいやどっちにしても明らかに味付けを間違えている。
「おい黄龍、お前料理する時に味見もできねーのかよ!」
ゲホゲホと咳をした後に、クラスの女子達と食事を摂っていた黄龍に文句をつける。よく見ればお弁当箱も普段のより一回り小さい。普段なら『何よ、作ってあげたのに文句言うの?』なんて逆ギレする黄龍であったがこの日はあろうことかウインクして舌を出し、
「てへっ」
ととぼけて見せた。瞬間、俺だけではなくそれを見ていたクラスの男子が気味悪さに震えあがる。
「ひ、ひっ……」
「おい雨宮、先生には俺が言っておくから、今すぐ網野ちゃんを連れて病院に行くんだ! 頭でも打ったに違いない」
「ちょっと友人君、酷くない?」
友人の容赦ない突っ込みに化けの皮が剥がれたのか、黄龍がいつものように敵意を剥きだしにしてガルルと言わんばかりに友人を睨みつける。どうでもいいけどこいつの名字って友人だったな、忘れてた。
「なあ黄龍、最近のお前どうしちまったんだよ、フリフリの服を着るなとは言わないしブリっ子するなとも言わねえよ、せめて訳を話してくれよ」
「……しょうがないわね」
立ち上がって俺達の席の方にやってきた黄龍は、無くは無い胸をポンと叩くと、
「アタシ、アイドルになろうと思って」
「……はぁ?」
唐突にそんな事を言い出すもんだから、俺だけではなく園田君や友人、近くの男子も『こいつ何言ってるんだ?』と思った事だろう。
「こないだ、ネット見てたら丁度アイドルアニメの一挙放送ってのやってたから、見たのよね。なんかロボット乗って戦うやつ」
「あれはアイドルアニメと言っていいのか疑問なんだが……」
「見終えた後に、思ったの。アタシでもいけるわって」
仮にも彼氏が言っていい言葉ではないかもしれないが、これだけは言わせて欲しい。
「身の程を知れ、アイドルをなめるな」
「酷いわね、その後現実のアイドルグループを調べたり、ネットで人気の歌い手とか踊り手とかゲーム実況者とか、ちやほやされてる人を調べたりしたの。そんなにレベル高くなかったわ」
「言うは易く行うは難しだぞ」
「再生数68、コメント2は黙ってなさい。皆にも相談したりしたのよ、アタシアイドルになれるかなあって。皆アタシならなれるって言ってくれたわ」
「網野ちゃん可愛いもん、アイドルなれるよ」
「明るいしアイドルにぴったりだよー」
俺の上げた実況プレイ動画の事を言われて軽く凹んでいると、黄龍の所属する、アクティブで発言力も高い、カースト的には上の方にある女子グループが援護するようにそんな事を言い始め、有頂天になったのかドヤ顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「女同士の会話の可愛いを信用するな! クラスの男子が鼻で笑ってるだろ、それが証拠だ! アイドル=フリフリの服着てブリっ子してドジっ子する、みたいな浅はかな考えで自分のキャラを変えるような女に勤まるわけねーだろ!」
「ふん、だったら見せてあげるわ。アタシの歌と踊りを。すぐに着替えてグラウンドに来なさい」
丁度次の時間が外で体育の授業だったため、黄龍はすぐに着替えるために教室を出て行ってしまった。普段の彼女が戻ってきてくれたことにホッとしながらも、暴走する彼女に頭を抱えるばかりだ。
「遅い」
「男子は教室で着替えるんだから女子がいなくなるまで着替えられないんだよ」
「まずは歌を披露してあげるわ」
午後の授業が始まる15分前くらいにグラウンドに向かうと、待たされて暇だったのか下級生のバレーボールに参加している黄龍の姿があった。その積極性は確かにアイドル向きかもしれない。
黄龍は大きく息を吸うと、
『はぁっ!』
馬鹿みたいな大声を出して近くの木にいた鳥の群れを飛び立たせ、あまりの声量にグラウンドで遊んでいた人達全員が何事かとこちらを見てくる。
「どう? 肺活量と声量には自信があるのよ、ライブでも息切れしないわ」
「いや、歌を披露するんじゃなかったのかよ、つうか周囲の人びっくりしてるじゃねえか、恥ずかしくないのかよ」
「アイドルなんて大抵歌が下手でしょ? それとメンタルが強いって言って欲しいわね。じゃあ次は踊りを見せるわ」
授業のためにグラウンドに集まってきたクラスメイトをギャラリーに、踊る気まんまんの黄龍。身のこなしで言えば学年でも上位だし、踊りの方は割とマシなのを見れるだろうかと思っていた俺であったが、
「開門肘!」
彼女は突きを繰り出したり、踏み込んで掌底を叩きこむポーズをとったりするばかり。いや、動きのキレは確かにいい。確かにいいのだが……
「アイドルの踊りと拳法の演武を一緒にするなよ」
「個性派が求められているし……」
いくら個性派が求められているとはいえ、声量と演武を武器に戦うアイドルは無理だと思う。現に集まったギャラリーもすぐに興味を無くしてバレーやったりサッカーしたりしてるじゃないか。というわけでオーディションに参加して恥をかく前にアイドルなんて夢は諦めろと諭してはみたのだが、なんだかんだいって黄龍も女の子、アイドルには憧れがあるのだろうか引き下がらず、
「ラボちゃん、アイドルを舞台にしたゲームの世界ない?」
ゲームの世界でアイドルをやりたいと、こうして今日もフリフリの服のまま家にやってきたのだ。
「都合のいいことにあるわよ。私もアイドル体験してみようかしら」
「実は前の世界で着たメイド服とか今になって考えると結構気に入ってたんだよな、俺も体験したくなってきた」
「それじゃあ早速行きましょう、ラボちゃんとあーちゃんとアタシでユニット組むの」
俺抜きで勝手に話を進める女共にため息をつきながらも、影響されてしまったのか実況プレイ動画にリベンジしてちやほやされたいなあなんて思ってしまう自分がいた。




