Lv7.大人になるって悲しいわよね 第七章
「バルバロイです。姫のためにこの剣を振るう所存です、どうかよろしくお願いいたします」
「……」
「……」
傷の癒えたバルバロイ様は正式に私達の仲間に。とはいえど、元は帝国の将。ついさっきまで戦っていた相手を簡単に受け入れられる程、私達の仲間はお人よしではありません。大半の方は猜疑心を持ちながらバルバロイ様を見ており、今のチームの士気は最悪と言ってもいいでしょう。しかし、私にはバルバロイ様が必要なのです。それにバルバロイ様の直向きな姿を見ていれば、皆すぐに彼を認めてくれるでしょう。一人を除き。
「おい黄龍、戦いも終盤だろうに、やる気あるのか」
「……」
自己紹介の場にすらいなかった黄龍は、訓練をするでもなく、生気が抜け夢遊病にでもかかってしまったかのように城の中や街をふらふらとするのみ。自分でこんな状態にしておいて言うのもなんですが、こんな状態の黄龍を戦いに出すことなどできません。バルバロイ様と入れ替わるように黄龍をメンバーから外すと、私達は戦地に赴きます。一時的に主人公の座も私になったようです。
「バルバロイ様、今日の戦いも大義でした」
「姫ほどではありません」
「その働きに応じて、何かお礼をしなくてはなりませんね」
帝国の軍師ラングボルゲを撃破した夜、私はバルバロイ様を部屋に招いて今日の戦いぶりを称えます。積極的に敵の攻撃から味方を庇おうとするその姿勢に感銘を受けたのか、帰り道には何人かの仲間が早くも
彼を仲間として認めてくれました。お礼をすると言うと私はバルバロイ様の顔に口元を寄せます。
「ひ、姫、そ、その……」
顔を赤くして私から目を逸らすバルバロイ様。私よりずっとたくましい身体をしていますが、とても愛らしく見えます。
「私のキスでは不満ですか?」
「いえ、そういうわけではなく……キスは勿論嬉しいですが、それよりも、名前で呼んで頂きたくて」
「そうですか。それではバルバロイ。私の事も名前で呼んでくれますか?」
「ヨ、ヨヨ、ヨヨヨ」
「そんなに長くありませんわ、ふふ。緊張しているのでしたら、ほぐしてあげましょう」
「……!」
お互い敬称で呼び合う堅苦しい関係から脱却するために、私はクスリと笑いながらバルバロイの唇を奪います。10秒ほどねっとりとした感触に紅潮していると、耐えきれなくなったのかバルバロイが後ずさります。
「キ、キスよりも名前で呼んで頂きたいと!」
「名前でちゃんと呼んだではありませんかバルバロイ。それとは別に、私がしたいからしたのです」
「……失礼します!」
顔を真っ赤にして逃げるように部屋を出て行くバルバロイを見送りながら、積極的な自分に驚くばかり。昔の黄龍を笑えませんわね、と自嘲気味に笑いながら床に就くのでした。
その後も帝国四将を超える帝国三賢者や噂の二人と戦う私達。正直言って、戦ってる間の事なんて全然覚えていません。戦いが終わった夜に、バルバロイ様と逢瀬ができるのですから。
「バルバロイ、もう皆あなたを仲間として認めています。人徳の賜物ですね」
「いえ、ヨヨヨが取り持ってくれるおかげです」
「ふふ、あなたには不思議な魅力があるわ。私もあなたになら、全てを委ねてもいいとすら思っている。ねえ、私の全てを奪ってみないかしら?」
「……! そ、そういうことは全てが終わってからするものです! 失礼します!」
この日は少し大胆にバルバロイを誘ってみますが、またもや顔を真っ赤にして逃げられてしまいました。以前自分のことを性欲がないと評しましたが、あれは嘘でした。大切な人の前では、私もただの盛りのついた犬でしかなかったのです。ああ、あの時蔑んでしまった黄龍に謝りたい。けれど、彼は私の顔すら見たくはないのでしょうね。
◆ ◆ ◆
「いよいよここまで来たのね。宮廷魔術師の実力見せてあげるわ」
「へへ、クラスチェンジしてジョシコーセーになった今の俺なら、足手まといにはならねえ!」
そして私達は帝都まで進軍し、いよいよ最後の敵、帝王との戦いがスタートしようとしていました。ラボちゃんもあーちゃんも気合十分です。
「ま、ずっと引きこもってる大将なんかに負けるわけねーだろ、楽勝楽勝」
「油断は禁物でござる。奴さん、何やら様子がおかしい……あ、あれは!?」
精鋭部隊を前に、命乞いをするどころか不気味に笑う帝王。するとどうでしょう、帝王の身体が見る見るうちに真っ黒で巨大な龍になったではありませんか。
「アジダハーカ……! 儀式は完成していたなんて……どうやら帝王は世界を破壊するつもりのようね、うまくいかないからって世界を滅ぼそうだなんて、とんだガキだわ」
「ここまで来たらやるしか……うっ、見るだけで吐き気が」
圧倒的な邪悪の波動に戦意を喪失しつつある仲間達。気づけば私もガタガタと震えていました。そんな私の手を、がっしりと握りしめて落ちつけようとする手が。
「バルバロイ……」
「姫。……自分も怖くて怖くて仕方がありません。だから、共に震えを止めてくれませぬか」
「……すみません、仮にも指揮官である私が怯えていては駄目ですね。……皆さん! 皆さんには仲間がいます! ここにいる皆が! 姿ここにあらずとも、私達を応援してくれる民が! さあ、行きましょう!」
一国の姫というイメージをかなぐり捨てて、シャウトするように号令をかける。勢いづいたのか、皆戦意を取り戻し、邪龍へと向かいだします。ありったけの力を振り絞り、攻撃を加える私達。しかし……
「くっ……全然攻撃が通らない……」
「駄目だわ、アジダハーカの暗黒のオーラが、全ての攻撃を無効化してしまう……幸いにもまだ完全体にはなっていないし、それまではここから動くことができないみたいだからある程度の時間の余裕はあるわ。一度戻って作戦を考え直しましょう」
「わかりました。皆、一時撤退します!」
私達の攻撃は全く通用せず、やたらと理解の速いラボちゃんの進言によりやむなく私達は城へと逃げ帰ります。そして作戦会議をしながらも解決策を見いだせず暗い雰囲気が漂う中、ラボちゃんが古文書を持って現れました。
「どうやらアジダハーカのオーラを打ち消すには、伝説の黄金の龍騎士の子孫の力が必要みたいね。……そう、彼よ」
「……!」
この場にいない人物が打開策となることを述べ、お手上げ状態のラボちゃん。それもそのはず、彼は最早戦う意味を無くし、洗濯係として留守番をしているのですから。
「……とりあえずまだ時間はあります、今日は解散にしましょう」
その場の誰もが、この時ばかりは仲間として信頼していたバルバロイ、そして私に嫌悪の感情を抱いてもおかしくはないでしょう。私のために尽くしていた騎士を捨て、敵国の将を取った。その結果が、救世主の不在なのですから。居た堪れなくなった私は強引に会議を終わらせ、自分の部屋に引きこもります。いつもは私の部屋に来てくれるバルバロイも、今日は来てくれませんでした。いつもと違う夜に眠れず、気分転換にバルコニーへと向かう私。
「……あ」
するとそこには、黄龍が一人夜空を眺めていました。私を見て逃げ出そうとしましたが、気が変わったのか夜空を眺めなおす彼。そんな彼の横に私は立ち、しばらく星を眺めていました。
「……聞いたわよ。アタシがいないと、世界は滅ぶのね」
「……そうなりますね。今はまだ完全体ではないですが、時が来ればアジダハーカは全てを壊すでしょう」
「何でかな。アタシがやらなきゃ誰がやるって気持ちはあるはずなのに、世界を救った英雄になりたいって気持ちもあるはずなのに、世界なんてどうでもいいやって思っちゃう自分がいるの」
「……」
彼には、私しかいなかったのです。世界平和も国の王になる夢も、建前でしかなかったのです。彼は私のために剣を振るい、私のせいで剣を振るえなくなったのです。
「ごめんなさい黄龍。私、今からあなたに酷いことをするわ」
「酷いこと? ……っ!」
先に謝った後、強引に彼の唇を奪い舌をねじ込みます。すぐに彼の顔がとろけそうになり、やがてはっとして顔を紅潮させて私から距離を置きます。
「……どうして、どうして今更!」
「言ったでしょう黄龍。貴方がそれぞ望むなら、身体を差し出しましょうと。私は女です。身勝手な女でいて、民を預かる責任がある一国の姫でもあるのです。自分が逃げ出すためならば敵を籠絡し、世界平和のためならば、過去の男を強引に魅了する、そんな女なのです」
「そんなの、そんなの、誰が得するのよ、嫌、来ないで……! 身体が……!」
「ごめんなさい、さっきのキスで魔法を盛らせてもらいました」
怯えて逃げ出そうとするも、身体が痺れて動けない彼をぎゅっと抱きしめる私。
「ねえ黄龍。私はあなたが好きです。愛しています。最近気づいたの、バルバロイを好きって気持ちはやっぱり、帝国から逃げ出すために利用した罪悪感によるものでしかなかったって。本当は一番あなたを愛しているわ」
「嘘よ、嘘に決まってる、そんな言葉でアタシが騙されると、……っ!」
「……んっ。 嘘ではありませんよ、私はあなたが好きです、愛しています」
「やめて、どうして、どうしてこんなことまでしないといけないのよ、姫があの男を本気で好きだってことくらい、鈍感なアタシだってわかってるのに。自分の気持ちに嘘をついて、私を利用して世界を救って、姫はそれで幸せになれるの? いいえ、幸せにはなれないわ。戦いが終わった後に平然と私を捨ててあの男と一緒になっても、ずっと心にぽっかりと穴が空いたまま、後悔の念に駆られながら生きることになるの。それはきっと、世界が滅ぶよりも姫にとっては不幸なことよ。ねえ、バッドエンドでいいじゃない、世界がハッピーエンドでも、私達が超バッドエンドだったら意味がないわ」
「口が達者になりましたね、塞がないといけませんわ」
「……」
反論を唇で抑え込み、彼に私の温もりを与え続ける。気温の低い夜のバルコニーは、儚い炎のように燃え上がりました。




