5 エルドランを探す
放浪学者エルドランは作物を通常の倍近い大きさに育て、悪天候にも強くする成長促進剤を開発した。その後すぐに、彼はグランツェ帝国に囲い込まれ、その技術は帝国だけが独占するものとなった。
それから約半年後に、大陸規模の異常気象が始まった。 雨が降らぬ国があったり、降りすぎる国があったり、夏になっても雪が降る国まであったほどだ。
各国では作物がまったく育たなくなり、多くの人々が飢餓に苦しむことになった。
けれど、グランツェ帝国だけは違った。
エルドランの成長促進剤によって、帝国の畑だけは豊かな実りを保っていたのだ。
飢えた国々は、グランツェ帝国から食糧を仕入れるしかなかった。そのため、帝国はかつてないほどの富を得て国力を増し軍備を整え、我が国が侵略されることにも繋がった。
つまり、あの国の繁栄のきっかけはエルドランで、あの成長促進剤を作った学者を囲い込んだことだった。そういえば、エルドランが帝国でその後どうなったのかを、わたくしはまったく知らないことに気づく。
あの悪辣な皇帝のことだ。成長促進剤の製法を奪ったあと、秘密を守るために彼の命を奪ったとしても不思議ではない。
「エルドラン……エルドラン……」
わたくしはそう呟きながら、紙の上にその名を何度も書いた。
エルドラン・サイムズ。
問題は、この人物が今どこにいるのかだ。
グランツェ帝国の出身ではなかったはずだけれど、どこの国の人間だったのかまでは、はっきりと思い出せない。
(帝国よりも早く見つけなければ……あの悲劇は繰り返される。いったい、どうすれば良いのかしら?)
今なら、エスティナ王国が彼を保護できる。
研究資金を与え、必要な土地や人手も用意できる。
そして何より、あの皇帝の手に渡さずに済む。
けれど、手がかりは名前だけ。
どうすれば彼を見つけ出せるのか、わたくしは数日考え続けていた。
そんなある日の夕食時、お父様がにこやかに声をかけてくださった。
「グローリアや。これから迎えるお前の六歳の誕生日を記念して、何か望むものはあるかい? 離宮でも、白馬に引かせた専用馬車でも、贅を尽くした東屋などでもよいぞ」
その瞬間、わたくしの頭に良い策が思い浮かぶ。
(これだわ。お誕生日の贈り物として、お父様にねだれば良いのですわ)
「では、お父様。わたくしだけの果樹園がほしいですわ」
「果樹園?」
「はい。大きな林檎がたくさん実る林檎園です。わたくしが果物の中で、林檎が一番好きなことを、知っていらっしゃるでしょう? 林檎を使ったアップルパイも大好きですし」
お母様が口元に手を当てて、くすりと笑った。
「まあ。グローリアは本当に食いしん坊さんですわね」
「はい。雨の日が続いても、日照りになっても、いつでも美味しい林檎が実る林檎園がいいのです。今より大きくて、ひと口食べたら幸せになるような林檎が欲しいですわ 」
わたくしは五歳の子供らしく、胸の前で手を合わせ、うっとりと夢見るような表情を浮かべた。
「ははっ。なんとも女の子らしい願いだな。だが、そのような林檎を作れる者など、この世にはいないだろう」
「今はいなくても、これから作ってくれる方が現れるかもしれませんわ」
「ほう?」
「新しい育て方を考えるのが好きな方に、お城のお庭を使わせてあげてほしいのです。お金がなくて研究できない方も、きっといるでしょう? その方に、わたくしの林檎園を作っていただくのですわ」
お父様は一瞬目を丸くしたあと、楽しげに笑った。
「なるほど。グローリアの林檎園のために育てる者を募る、というわけか」
「はい!」
わたくしは無邪気に見えるよう、大きく頷いた。
「わたくし、大きくて美味しい林檎を、いつも食べたいのです」
「よかろう。では国内だけでなく、近隣諸国にも声をかけてみよう。身分も出身も問わず、珍しい果実の栽培法を研究する者を募る。優れた提案者には研究費と住まい、それからグローリアの果樹園で実験する許可を与えよう」
「まあ、素敵。とても夢のあるお誕生日の贈り物ですわね。楽しみです。どんな天候でも美味しく実る林檎だなんて、本当にできたら素敵ですわね。お母様にも味見させてほしいわ」
「もちろんですわ。お母様には、一番美味しい林檎を差し上げます」
「まあ、嬉しい」
お母様は扇で口元を隠しながら、楽しげに声を弾ませた。
「グローリアは余達の一人娘だ。なんでもしてやりたい」
お父様はそう言って、わたくしの頭を撫でた。
きっと、お父様もお母様も、幼い王女の可愛らしいわがままだと思っている。
けれど、わたくしが本当に欲しいのは林檎ではない。
エルドラン・サイムズ。
未来でグランツェ帝国に莫大な富をもたらす、あの学者だった。彼は必ず、画期的な成長促進剤を完成させる。そしてその価値が明らかになったとき、グランツェ帝国から狙われる重要人物になる。あの国にだけは奪わせてはいけない。
わたくしは、甘えるようにお父様を見上げて付け加えた。
「それから、その方のお住まいは果樹園の近くにしてくださいませ。わたくし、その方が林檎を作ってくださるところを、近くで見てみたいのです」
「近くで?」
「はい。毎日、励まして差し上げたいのです。『絶対にあなたの研究は成功しますわ』って。そうすれば、きっとわたくしの林檎園が早くできますもの」
お母様が楽しそうに目を細めた。
「まあまあ。グローリアったら」
「それに、その方はわたくしの大事な林檎を作る方でしょう? 悪い人に連れていかれたり、研究の邪魔をされたりしたら困りますわ」
「それなら、腕の立つ騎士を配置しよう。林檎と研究者を守るためにな」
お父様は愉快そうに笑った。
「はい! わたくしの林檎は、とても大事ですもの」
わたくしはにっこりと頷いた。
正直なところ、そんな夢のような林檎が本当にできるとは、二人とも思っていないのだろう。けれど、お母様はわたくしを励ますように、優しく微笑んでくださった。
(エルドラン・サイムズ。必ず、わたくしが見つけ出してみせますわ!)




