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もう二度と大切なものを奪わせない!  作者: 青空一夏


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4 やり直しの始まり

「あなた……生きていたのですわね?」

 目の前のアニーは、死の間際に見た姿よりずっと若かった。

「王女殿下? ……まだ私は死ぬ年齢ではございませんよ。おかしなことをおっしゃいますね」

 怪訝そうな顔をしたかと思うと、コロコロと笑うアニーを見つめながら、わたくしはゆっくりと周囲へ視線を向けた。

 見覚えのある絵本に、棚の上に並べられた積み木。

 ピンクの花柄の壁紙と、子ウサギが描かれたカーテン。

 胸が大きく跳ね上がる。

(そんなはずがない。このお部屋は、まるでわたくしの幼いころのままですわ)

 震える手を見下ろすと、あまりにもわたくしの手が小さい。

 白くて丸みを帯びた幼い手は、幼児にしか見えない。

 慌ててベッドから降り、姿見の前へ駆け寄った。

 なんと、そこに映っていたのは、五歳のわたくしだった。ふっくらしたピンクの頬が可愛らしい。

「そんな……」

 鏡に触れようとした手が震えた。

(本当に、戻ったというの? あの日よりずっと前に。お父様とお母様が生きていた頃に?)

「王女殿下? どうなさいましたか?」

 アニーの声に、はっと我に返った。

「お父様とお母様は?」

「はい?」

「お父様とお母様よ! どこにいらっしゃるの!?」

 アニーは驚いた顔をした後、慌てて答えた。

「今朝はテラスにて朝食を召し上がるとのことで……王女殿下が来られるのを待っていらっしゃいますよ。さぁ、お着替えを……」

 最後まで聞かないで、わたくしは部屋を飛び出した。身支度をする前の寝間着姿だったけれど、そんなことはどうでもいい。


 廊下を駆け抜けるとそこはエスティナ王国の見慣れた城内で、生まれ育った祖国の城だった。遠い昔の記憶が、今現実となってわたくしの前にある。

 やがてテラスが見えてきて、白いテーブルには湯気の立つ紅茶や朝食が並んでいた。

 そして、わたくしを愛し慈しんでくれた両親もいた。

「お父様! お母様!」

 お父様が驚いたように顔を上げた。お母さまも目を丸くしている。

 わたくしは二人に駆け寄り、そのまま抱きついた。

「グローリア? どうしたのだね?」

「まあ、グローリア? お着替えもしないままで、駆けてくるなんて。あなたは王女なのですよ? もう五歳なのだから、お行儀よくしないといけませんわよ」

(温かい身体、優しい手。お父様もお母様も生きている。雨に濡れた処刑場の断頭台で流れた血は、まだ起きていない未来のこと)

「よかった……お父様も、お母様も……生きていらっしゃる……」

 涙が溢れた。

 二人は困惑したように顔を見合わせ、私を心配した。

「ごめんなさい。とても怖い夢を見たのです。だから急に、心細くなってしまって……」

 そう言ってごまかしたわたくしは、涙を拭いながら、小さな拳を強く握りしめた。

(絶対に繰り返させないですわ。帝国の侵攻も、両親の処刑も。第三皇子、あなたの死も。今度こそ、全員を守ってみせますわ。……そして皇帝。あなただけは、絶対に許しません)


 その後、ドレスに着替えたわたくしは、お父様とお母様とともに朝食の席についた。

 久しぶりに両親と囲む食卓は、胸がいっぱいになるほど幸せだった。

 お母様の優しい声も、お父様がわたくしを見る穏やかな眼差しも、すべてが懐かしくて、何度も涙が込み上げそうになる。

 けれど、泣いている時間はない。

「グローリアや。今日はなにをするつもりなのかな?」

 お父様が、いつもの優しい声で尋ねてくる。


 わたくしは頭の中で、考えを巡らせた。

 グランツェ帝国が将来、大陸の覇者となることも、エスティナ王国を滅ぼすことも知っている。

 けれど、帝国が今どの段階にあるのかは分からない。

 五歳の頃のわたくしは世界情勢など気にしていなかったのだから。

(まずは敵の現状を把握しなければいけませんわ)


 わたくしは少し考えるふりをしてから、口を開いた。

「そうですわね……エスティナ王立図書館に参りますわ。少し調べたいことがございますの」

「まあ。きっと妖精がたくさん出てくる絵本を探すつもりなのでしょう? 午後になったら、お母様も一緒に行きましょうね」

「いいえ。グランツェ帝国の歴史を調べたいのですわ。今の近隣諸国の情勢も……」

 そこまで言いかけたところで、お父様とお母様が目を丸くしていることに気づいた。

(しまった。五歳のわたくしが、こんな言い方をするのはおかしすぎる。言葉のチョイスがあまりにも大人すぎますわ)

「ええと……グランツェ帝国が、どんな国なのか知りたいのです。もちろん他の国もですけれど、どんなおいしいお菓子や珍しい果物があるのかしら、と思ったのですわ」

「あら、まぁ。グローリアは食いしん坊さんね。でも、いつものグローリアでお母様は安心しましたわ」

 お母様がそう言って微笑み、お父様も楽しげに目を細めた。

「それなら、わざわざ王立図書館まで行かずともよい。グローリアが理解しやすいように文官達にまとめさせよう。午後には持って行かせるよ」

「まぁ、嬉しい。お父様、ありがとうございます」

「グローリアが国の外に興味を持つのは、よいことだからな」

 お父様はそう言って、文官を呼びつけ資料を用意するよう命じた。


 お父様の約束どおり午後になると、わたくしの部屋には大陸全図や各国を紹介する資料が運び込まれた。王女向けに編纂されたものらしく、名産品や歴史、王族の系譜などが分かりやすくまとめられている。中には人口や主要産業について触れている箇所もあった。

 幼い子向けの内容ではあったが、驚くほど丁寧にまとめられていた。お陰で、今のグランツェ帝国がどのような状態にあるのかが把握できた。

 

 まだ、エスティナ王国が恐れるほどの力はない。

 軍事力も、財力も、国土の豊かさも、我が国を圧倒するほどではなかった。

 では、いったい何があの国を変えたのか。

 何が、グランツェ帝国を大陸の覇者に押し上げたのか。

 わたくしは前世の記憶を辿った。


 (帝国の躍進は突然始まったわけではない。確か、農業生産が急激に増えた時期があったはずですわ。そしてその裏には……そうよ! 放浪学者エルドランですわ)


 彼が開発した植物の成長促進剤がきっかけだった。あれがいつのことだったか正確には覚えていない。

 けれど、まだ帝国がこの程度の国力なら、エルドランを囲い込む前の可能性が高い。


(グランツェ帝国より早く、エルドランを探すのよ!)






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