3 真実を知る
出陣の朝になっても、見送りをする気にはなれなかった。
(強情者めっ! この戦で死んでしまえばいいのですわ!)
本気で、そう思っていたのだから。
わたくしはわざと頭の痛いふりをして、ベッドから起き上がろうともしなかった。
それから三ヶ月後のことだった。
執事がわたくしの部屋のドアを叩いた。
「奥様。皇宮より使者がお見えです」
「使者? 珍しいですわね」
首を傾げながら応接室へ向かう。
「第三皇子妃にご挨拶申し上げます……殿下は北方遠征にて敗北されまして、敵国の捕虜となりました。そして本日、処刑されたとのことでございます」
使者が簡単な挨拶とともに、さらりと告げた。
わたくしは思わず目を瞬いた。
すぐには信じられなかった。
(まさか……嘘でしょう? わたくしより先に死ぬなんて許さない。 だってわたくしはお父様やお母様たちの仇を打たなければならないのに)
「捕虜となったのなら、 交換条件があるはずですわ。アンドレアス様は第三皇子なのですよ? 身代金や領土の一部譲渡と引き換えはなさりませんでしたの?」
「……皇帝陛下は、交渉には一切応じませんでした。すべて第三皇子殿下の独断による侵略でしたので」
(……まさか、本当に? 第三皇子、あなたは……愚かすぎたわ。それほどまでに戦うことが好きだったなんて……確かに今までも、どんなことがあっても揉め事には駆けつけていましたものね)
やがて妊娠していることが判明した。お腹の子は、初夜に授かった命だった。その報告はすぐに皇帝の耳に入り、わたくしは宮廷に呼ばれた。
謁見の間で、 皇帝はわたくしのまだ膨らんでもいないお腹を見て、忌々しげに舌打ちをした。
「まさかあいつの子を身ごもるとはな。あいつは優秀すぎた。お前の腹の子もきっとそうなるだろう。……だが、それでは困るのだよ」
「陛下に申し上げます。なぜ、ご自分の息子を救わなかったのですか? 交渉に応じなかったなど……あり得ませんわ」
「あれは余の子だと認めておらんわ! メイドが生んだ子だからな。皇位継承権そのものがないのだ。そんな立場なのに、目立ちすぎた。邪魔なことこの上ない」
「そんな……。まさか……わざと、第三皇子を殺させたのですか?」
「ふっ。まぁ、そんなところだ。最期に、面白い話を聞かせてやろう」
「えっ……面白いお話ですか?」
「ああ、お前が親の仇だと思っていたアンドレアスは、余の操り人形だ。余はあいつの母親を人質にし、言うことを聞かせていたのだから」
「なんですって? つまりそれって……」
「お前が恨むべきは、そもそも余だったということさ。あいつはお前を本当に愛していたぞ。お前が処刑を免れた代わりに、あいつは余の命令にますます逆らえなくなった。お前があいつの足かせになっていたのだ。そもそもあいつは温厚で優しい。戦など、好きでやっていたわけではないわ! ふはははは!」
(なんてことなの……!)
頭が真っ白になった。
わたくしは何も知らなかった。いいえ、知ろうとしなかった。
第三皇子を憎み、幾度も殺そうとした。
けれど彼は、ずっと、わたくしを守っていたのだ。
熱があっても怪我をしていても、命を削りながら、皇帝の命令に従っていたのだわ……わたくしの命を守るために。
(わたくしは……なんてことを……もっと彼と向き合っていたら、わかり合えていたかもしれないのに……)
そして数日後、わたくしはグランツェ帝国の広場で、断頭台の前に立っていた。
両親が処刑されたあの日と同じように、雨が降っていた。
罪状は戦狂いの夫をそそのかし、北の辺境国家への侵略を後押しした共犯者だとか。
(なんてバカバカしい理由かしら? はじめから第三皇子は殺される運命だった。そしてこのわたくしも。……悔しいですわ。わたくしは何一つ守れなかった。ずっと守られて生きてきただけですわ。もし、もう一度だけやり直せるのなら、今度こそ皆を守りたい! アンドレアス様も、わたくしの子も、お父様やお母様に祖国までも、絶対に守り切ってみせますのに……)
鋭い刃が、わたくしの首に落ちてくる音を聞いた気がした。
すでにこの世にはいない、夫が涙を流す姿が脳裏をよぎる。
漆黒の髪。血のように赤い瞳。
皇帝に利用され、戦狂皇子の汚名を着せられた可哀想な人。
いつも冷たく、何も感じていないように見えたその人が
わたくしのために泣いた気がした。
(……ごめ、んなさい……あなたこそ、あの忌々しい皇帝の被害者だったのね。わたくしをずっと守ってくれていたのに……全然知らなかったですわ。もし来世があるとしたら今度はわたくしが……わたくしが守って差し上げます!)
そして、わたくしの世界は暗闇に沈んだ。
「王女殿下、朝でございます」
懐かしい声が耳に届く。
ゆっくりと目を開くと、そこには若い頃のアニーが立っていた。
「……アニー?」
ありえない。
彼女はわたくしの専属侍女で、グランツェ帝国が攻め込んできた日、わたくしを庇って騎士たちに立ち向かい、その場で斬り捨てられたはずなのに……。




