2 仇の妻になる
グランツェ帝国に帰還した第三皇子は、早速皇帝に挨拶をしに謁見の間へ向かった。
わたくしは改めて、隣に並ぶ彼をじっと観察する。
漆黒の髪と赤い瞳。長身の体躯は無駄を削ぎ落とした鋼のようで、騎士団長の制服越しにも鍛え上げられた肉体が見て取れた。
細められた双眸は冷ややかで、宮廷ですれ違う騎士や貴族達にはニコリともしない。
高い鼻梁。鋭い顎の線。
美しいけれど、優美というより研ぎ澄まされた鋭い刃のような美貌だ。
(戦場で負けを知らぬ男か。血を見るのが、いかにも好きそうだわ)
謁見の間に入ると、皇帝がわたくしを見て不服そうな顔をする。
「銀髪にエメラルドの瞳か…… その女は誰だ?」
「この女は、エスティナ王国のグローリア王女です」
「いったい、なにを考えている? 余の前に連れてきて……どうするつもりだ?」
「俺の妻にしようと思います」
「なにを血迷ったことを…… 相手は滅ぼした国の王女なのだぞ。美しい女なら他にもいるだろう」
皇帝が声を荒げたと思うと、 第三皇子は、わたくしに控え室で待つように言った。
しばらくして彼が謁見の間から出てきた時には、頬にうっすらと切りつけられた跡があった。
ツーッと血が垂れる。わたくしが拭おうとすると、「かすり傷だ。どうということはない」と、プイッと横を向いた。
「まさか、自分の父親に剣を抜かれたのですか?」
「……よくあることだ。特別なことではない」
「まあ、野蛮ですこと。さすが親子ですわね。性格が似ているのでしょう」
わたくしはそう言いながら薄く笑みを浮かべた。大嫌いな男が父親からどうされようと、心底どうでも良かったから。
その後、わたくしたちは結婚式をあげた。
第三皇子の結婚式にしては参列者も少なく、 王妃や第一皇子、第二皇子もいなかった。ただ皇帝と大臣達、黒狼騎士団の幹部がいるだけ。他の貴族達はいない。
「第三皇子のくせに、人望がなさすぎるのではなくて?」
「……」
「殺戮ばかり繰り返しているからですわ。なぜそこまで戦をしたがるのですか? 人を殺すのが、そんなにお好きなのかしら?」
「……お前には関係ないことだ。二度と、そのような質問はするな!」
その夜、わたくしたちは夫婦となった。
王族の婚姻である以上、初夜を拒むことなど許されない。
両親の仇に抱かれるなど屈辱でしかなかったが、わたくしは唇を噛み締めて耐えた。
(とにかく隙をみて、殺してやるわ! そのための我慢ですわ)
そう思ったからこそ、耐えられた。
結婚してからというもの、わたくしたちの間に交わされる言葉は驚くほど少なかった。そもそも彼は、ほとんど屋敷にいない。
帝国内のどこかで事件が起こればいち早く駆けつけ、そのたびに傷を負って戻ってくる。
ようやく帰ってきたかと思えば、ろくに身体も休めないまま新たな紛争へと向かうのだ。
熱を出して寝込んでいた時でさえ、当然のように人が争う場に行きたがる。
どうして身体の状態を無視してまでも行きたがるのか、わたくしには理解できない。
彼が屋敷へ戻ってくるたび、わたくしは両親の仇を討つために、夜更けを待った。
横で眠っている彼に気づかれぬよう、枕の下に隠しておいた小型のナイフをとりだす。けれど振り下ろそうとするところで、決まって腕を捕まれた。
そんなことを何度繰り返しただろう。
けれど、一度として成功したことはなかった。
多分、最初から眠っていなかったのかもしれない。
第三皇子の目の下には、いつも濃いクマが浮かんでいた。
あれほど暴動や騒乱の中を駆け回っているというのに、まともに眠っている姿を見たことがなかった。
「まだまだだな。その程度では……俺は殺せないぞ」
月明かりの下、彼は喉の奥で笑った。殺されそうになったというのに、やけに楽しそうに。
「っ……!」
わたくしは悔しさに唇を噛んだ。
「いつか殺して差し上げますわ!」
「ああ、そうだな。その日を楽しみに待っているぞ」
彼は少しも動じない。それどころか嬉しそうに目を細めた。
(おかしな人だわ……人を殺すのが大好きなくせに、まるで自分も生きていたくないみたいじゃない? いいえ、そんなはずはないですわね。わたくしはからかわれているのですわ)
北の辺境国家へ侵略戦争を仕掛けるという話を聞いた時も、彼の体調は最悪だった。
熱まで出ているというのに、何を言っても考えを変えようとしない。
「こんな状態なのに戦いに行くなんて、絶対に無理ですわ。今回だけは行かないでくださいませ。……いくらなんでも無謀ですわ」
「心配してくれるのか? 俺が死んだ方が嬉しいだろう?」
彼はわずかに口元を緩めた。
その腕にはまだ包帯が巻かれている。それは、つい最近の帝都で起きた暴動を鎮圧した際に負った傷だ。無理をすれば傷口が開くのは明らかだった。
「あなたは生きなければいけませんわ。わたくしが殺すまで死ぬことは許しません!」
「ふっ、そうだな。お前に殺されるために生きなければな……殺されるために生きる、か。なかなか、おもしろい」
彼はなぜか嬉しそうに微笑んだ。
(この男の考えていることは、まるでわからないですわ……)




