1 両親の処刑
処刑場には、冷たい雨が降っていた。
灰色の空から落ちる雨粒が、広場の石畳を濡らしていく。
集まったエスティナ王国の民たちは誰一人として声を上げず、ただ息を殺して処刑台を見つめていた。
その視線の先には、両手を縄で縛られ膝をつかされている両親の姿がある。
つい昨日まで、この国の統治者だったお父様とお母様が、今は処刑台の上にいた。
一人娘のわたくしを、何より大切にしてくれた両親だった。
「お父様……お母様……」
声が震えた。
眠れない夜、お母様はいつも手を握ってくれた。
お父様は公務で疲れていても、わたくしの誕生日だけは決して忘れなかった。
処刑台の刃が、雨に濡れて鈍く光った。
「嫌……やめて! お願い、やめてください! お父様! お母様ーー!」
グランツェ帝国の騎士に腕を押さえつけられながら、わたくしは必死にもがいた。
わたくしの両親がゆっくりとこちらを見てから、侵略者の総指揮官の前で懇願した。
「王女だけは助けてくれ! グローリアだけは……頼む」
「お願いです! 娘だけは命を助けてください。あの子はまだ17歳なのですよ」
その指揮官はグランツェ帝国、第三皇子だった。
黒狼騎士団総団長アンドレアス・グランツェは悪名高い皇子だ。彼は、雨の中で微動だにせず、ただ立っていた。
血に飢えた戦狂皇子。そんな噂はこのエスティナ王国にも届いていた。
グランツェ帝国は、かつて大陸を襲った大凶作の中で、ただ一国だけ豊かな実りを得た国だった。そこで蓄えた国力を背景に周辺国を飲み込み続け、今や大陸最強の帝国と呼ばれていた。
やがて、お父様たちは処刑台に設置された大きな刃の下に首を固定され、そのまま勢いよく刃が落ちた。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
わたくしの世界が壊れた瞬間だった。
大好きだったお父様やお母様がこの世から消えた。
エスティナ王国の王族は、もうわたくしだけだ。
わたくしを守っていた近衛騎士達も、全て亡くなった。
抵抗する者達は次々と殺され、残ったのは怯える民たちだけだった。
(憎い……殺したいほど憎いわ。大切なものを全部、この男に奪われたのだから)
わたくしは、お父様達の最期の願いに、なにひとつ答えなかった男を睨みつける。
この男が、エスティナ王国へ攻め込んだ。
この男が、お父様とお母様を捕らえ、処刑するよう命じた。
次は、きっとわたくしの番だ。
そう思って震えていると、第三皇子が静かに近づいてきた。
そして、そっと白いハンカチを差し出す。
わたくしは息を呑んだ。
(何のつもり? お父様とお母様を殺した男のハンカチで、涙を拭けと言うの?)
「……いりませんわ。次はわたくしを殺すのでしょう?」
震える声で吐き捨てる。
第三皇子は、わたくしを見下ろして呟いた。
「……いや。お前は殺さない」
低い声が雨音と混じった。
「つっ……」
わたくしは唇を噛み締める。
(生かされる? ……なんのために? 両親を奪われ国を奪われ、それでもなお、この男の気まぐれで? ……冗談じゃないですわ!)
わたくしは涙が滲む視界の中、第三皇子を罵倒した。
「殺しなさいよっ! あなたの情けなどいりませんわ。わたくしは絶対に許さない。
わたくしを生かしておけば、いつかあなたを殺しますわよ! そうなって後悔しても遅いのですわ」
「……俺を殺すか。……それも楽しそうだな。だったら、お前をますます生かしておきたくなった。死ぬな、お前は生きろ」
第三皇子は身長も高く鍛え上げられた体つきをしていた。到底わたくしが真正面から戦って倒せる相手ではない。なので、すっかり見くびっているのだろう。
うっすらと笑みさえ浮かべて「 楽しそうだ」と呟いた頬を、あまりにも悔しくて思わず平手打ちした。
「殿下! こんな女を生かしておいてはいけません! 即刻、断頭台でその命を散らせましょう」
控えていた騎士達が声を張り上げた。
(その通りよ! さっさと処刑すればいいわ。死ぬのは怖い。けれど両親も亡くし国も奪われた今となっては、生きながらえることの方がはるかに屈辱だもの。生き恥を晒すくらいなら、このまま処刑された方がましですわ!)
「俺がこんな女に殺されると思うか? この女は俺がもらう。口出しは無用だ!」
「もらうですって? わたくしはものじゃないですわっ! あなたのものになんかなるものですか!」
こんな男にいいようにされてしまうなんて、ぞっとする。
(冗談じゃないわよっ! ……絶対に殺してやりますわ!)




