13 あなたには自由をあげたい
わたくしはゆっくりとフォークを置いた。
「第一皇子殿下。それはつまり、アンドレアス様は皇族として扱われていないという認識でよろしいのですね? 第二皇子殿下もそうおっしゃっていましたが」
「当然でしょう! こいつは厄介者です。皇族でも使用人でもない。卑しいメイドの子なのに、父上の血が入っている。そもそも存在自体が許されない!」
第一皇子は即答した。
「黙れ! お前はしゃべりすぎだ」
皇帝が苦い顔つきで、いさめるけれど、もう遅すぎる。
「なるほど。皇帝陛下。アンドレアス様は皇族として扱われておらず、第一皇子殿下にとっても同じ席で食事をしたくないほど不要な存在なのですね? でしたら、エスティナ王国がお預かりいたしますわ」
わたくしは、にっこりと微笑んだ。
皇帝の顔が引きつる。
「グローリア王女、話を飛躍させてはならん!」
「飛躍ではございませんわ。それほど邪魔ならば、エスティナ王国に留学させてはいかがでしょう? アンドレアス様のお母様もご一緒に連れて行きます」
「は? アンヌをどうしようというのだ?」
「アンドレアス様からご病気だと伺っています。我が国で治療し元気になっていただきます。こちらの医学の方が優れていますからね。帝国で不要とおっしゃる方を、客人として迎えると言っているのです。帝国にとっても、何ひとつ不都合はないでしょう? 」
晩餐会の空気が凍りついた。
結局、皇帝は最後まで渋ったものの、飢えた民を前にして我が国からの食料を拒むことはできなかった。
帝国を発つ前に、わたくしは騎士たちへ密かに命じる。
「帰路につきながら、街ごとに噂を落とすのです。皇帝と第一皇子、第二皇子はエスティナ王国の王女に無礼な態度を取り続けた。けれど第三皇子だけは王女を丁重にもてなし、飢えた民を救うために食料支援を願い出た。その必死の願いに心を打たれた王女が、第三皇子をエスティナ王国へ招いたのだと」
騎士たちは、心得たように頭を下げた。
噂は、乾いた草に火がつくように帝国中へ広がった。
皇帝は仮病を使い頭を下げることを拒んだ。第一皇子や第二皇子も民のために尽力しなかった。
厄介者と呼ばれていた第三皇子こそが、飢えた民のために頭を下げ、エスティナ王国の王女の心を動かしたのだと。
我が国から食料が届くころには、帝国の民は皆、アンドレアス様の名を口にし感謝を捧げることだろう。
帰国すると、お父様はアンドレアス様を見て、しばらく言葉を失っていた。
「グローリアや……本当に見つけて帰ってきたのか」
「ええ。わたくしの王配にふさわしい方ですわ」
胸を張って答えると、お父様は深くため息をついた。
「帝国へ向かう前から妙なことを言っているとは思っていたが、まさか本当に皇子を連れて帰るとは……」
お母様は扇で口元を隠しながら、楽しそうに目を細める。
「グローリアが選んだのなら、しばらく様子を見ましょう。この子には人を見る目がありますもの。エルドランを見出したのもグローリアですからね」
アンドレアス様は戸惑ったように一歩前へ出た。
「俺は、帝国では皇子として扱われていませんでした。メイドの子と蔑まれ……グローリア王女にふさわしい立場ではありません」
「これから、ふさわしくなればよいのですわ」
わたくしは即座に言った。
「学問も剣も、我が国で身につければよいのです。アンヌ様には治療を受けていただきます。お父様、お母様。二人の滞在を許していただけますね?」
お父様はしばらくアンドレアス様を見つめ、それから苦笑した。
「グローリアがそこまで言うなら、反対はせぬ。ただし、王配候補として迎えるなら、厳しく見るぞ」
「アンドレアス様なら大丈夫ですわ」
その夜、アンドレアス様は落ち着かない様子だった。
用意された部屋も、温かい食事も、丁寧に接する侍女たちにも、どこか戸惑っている。
「本当に、ここにいてもいいのだろうか」
ぽつりとこぼされた声に、わたくしは即座に肯定する。
「もちろんですわ。わたくしが連れてきたのですもの」
前の人生で、あなたはわたくしを救ってくれた。
けれど、その言葉を今の彼に告げることはできない。
「アンドレアス様。どうか、強くなってください」
「強く?」
「誰にも利用されず、誰にも自由を奪われないくらいに。あなた自身のために」
「それは、君の王配になるために? 矛盾しているよ……君は自分のいいなりになる夫が欲しいだけなのだろう? 俺を自分の好みの男になるように、仕立てあげるつもりだ」
皮肉な笑みを浮かべてそう言った。
アンドレアス様はわたくしが妻だったことを知らない。だから、そう思うのも無理はない。彼の時間は巻き戻っていないのだから。
「……それはどうでもよいのです。アンドレアス様が望まないのなら、王配になる必要はありません。好きに生きてほしい。あなたが幸せになることが、わたくしの願いなのですわ」
アンドレアス様は一瞬驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに笑った。
「……俺に、好きに生きていいと言った人は、君が初めてだ」
彼はしばらく考えていた。やがて、わたくしの前にひざまずき、そっと手を取る。
「君が望むなら、俺はいくらでも強くなる。そして、君を守る。ただ……王配になるかどうかは、今は決められない」
「……それで充分ですわ」
わたくしはアンドレアス様が生きているだけで、満足なのだから。
それから歳月が流れた。アンドレアス様は学問も剣も驚くほどの速さで身につけた。かつての人生で、アンドレアス様がエスティナ王国へ攻め込んできた日が近づいていた。
けれど今、アンドレアス様はわたくし直属の近衛騎士隊長になっている。
アンヌ様も医師たちの治療を受け、見違えるほど元気になり、今ではお母様のよき話し相手だ。
運命はすっかり変わったのだ。
夜遅く執務室で書類を読んでいると、アンドレアス様がそっと入ってきた。
「また難しい顔をしている」
「政務の書類ですもの。笑いながら読むものではありませんわ。次期女王としての務めです」
「だが、もう寝る時間だ」
そう言って、彼はわたくしの手から書類を抜き取り、代わりに温かいミルクを差し出した。
「アンドレアス様、まだ読み終えていません」
「知っている。だが、今日はここまでだ。必要なら俺が見ておくよ」
彼は当然のように微笑み、わたくしの肩にそっとショールをかけ、髪に唇を落とした。
「君が頑張りすぎる前に止めるのが、俺の役目だろう? もうすぐ君の夫になるのだから」
「……アンドレアス様、愛していますわ」
「……俺も」
その優しい声に胸が甘く満たされ、わたくしは心の底から幸せな笑みを浮かべた。
いつの間にか、守りたいと思っていた人に、わたくしのほうが守られるようになっていたし、私達の愛はしっかりと育っていた。
内々の婚約はもう済んでいた。結婚式は半年後。そんな時、グランツェ帝国からアンドレアス様を返してほしいと使者がきた。
「アンドレアス殿下は、あくまで一時的な留学という名目でエスティナ王国へ赴かれたはず。皇帝陛下は、第三皇子殿下をいつまでも他国に置いておくおつもりはない、と仰せでございます」




