12 再会を喜ぶグローリア
皇宮の応接室でわたくしの前には、第二皇子が向かい合う形で座り、アンドレアス様は立っていた。皇帝はわたくしの横に位置するソファに座る。
どちらが上座か下座かわかりにくい部屋をわざわざ選んだようだ。どこまでも自分がお願いする立場であることを認めたがらない。
「皇帝陛下。寝ていらっしゃらなくて大丈夫なのですか? 具合が悪かったはずでは?」
「いや、グローリア王女の顔を見たら元気になった。銀髪にアメジスト色の瞳。大層美しい姫であるので、心の臓も痛むのを忘れたようだ。第二皇子も喜んで、帝都を案内したがっておる。早速……」
「帝都の案内は第三皇子にお願いしますわ」
「それはいけません。この者はメイドの子ですよ。私が正当な皇子です。尊きエスティナ王国の次期女王となるグローリア王女の案内は私が最適でしょう」
「誰が最適かどうかは、わたくしが決めることですわ。 第三皇子をわたくしが希望しているのですよ。わたくしの気持ちを無視なさるのですか?」
皇帝が苦々しい顔つきで、アンドレアス様の服装を整えさせ、わたくしを案内するよう命じた。アンドレアス様は少しも動じた様子がない。そういえば前世でも、どんな時も冷静な方だった。
帝都の案内中も、わたくしの周りを近衛騎士たちが離れることはない。
アンドレアス様は名所といわれる場所を案内しながら、その由来や歴史をよどみなく説明していく。
「大変優秀でいらっしゃるのですね。家庭教師の先生から学んだことでしょうか?」
「いや、俺に専属の家庭教師はいない。ただ兄上達が講義を受けるついでに同席させてもらうだけだ。本は好きなのでよく読むが」
「わたくしの国へ来れば、もっと多くのことを学べますわ。もう、アンドレアス様を差別するような意地悪な皇帝もいないです。ですから、一緒に参りましょう」
「……母が人質にとられている。自分だけ逃げるわけにはいかない」
「逃げるのではありませんわ。堂々とここから去るのです。わたくしと一緒にね……任せてくださいませ。それより、あのカフェでお茶をしましょう。喉が渇きました」
カフェに入ると、アンドレアス様はわたくしの近衛騎士の横に立ち、従者のように振る舞おうとした。
「違いますわよ。あなたの席はわたくしの真正面ですわ。ソファでしたら隣ですし、このようなカフェなら向かいですわ。ほら、早く座って」
わたくしは香り高い紅茶とクリームたっぷりのケーキを頼み、半分に分けて彼に勧めた。
彼は紅茶と、わたくしと分け合ったケーキを戸惑ったように見つめている。
「飲んでくださいませ。そのケーキも召し上がってください」
そう言うと同時に、カフェの店員を呼びつけ、卵やはちみつを使った焼き菓子を箱に詰めさせた。
「これをアンドレアス様のお母様へのお土産にいたしましょうね。これなら少しだけでも召し上がれるでしょう」
「……なぜ、ここまでしてくれるんだ?」
「アンドレアス様だからですわ。ただそれだけです」
命を懸けてわたくしを守ってくれたことも、わたくしと夫婦だった日々も、アンドレアス様は覚えていない。だから不思議に思うのも無理はないし、それを説明することもできない。だって、荒唐無稽な話ですもの。
それでも胸は温かかった。目の前には、ずっと会いたかった人がいる。もう二度と会えないと思っていた人が、生きているのだから。
前世のわたくしは最後までアンドレアス様を信じきれず、ずっと両親の仇だと思っていた。だから出陣の朝も見送りすらせず、そのまま二度と会えなくなるとも知らなかった。
けれど今は違う。
アンドレアス様はこうして目の前にいて、紅茶を前に戸惑ったような顔でわたくしを見ている。
それだけで胸の奥が苦しくなるほど嬉しかったし、もう一度会えたことがたまらなく幸せだった。
宮殿に戻るころにはあたりは暗くなっていて、皇帝一族と主立った貴族を招待した小さな晩餐会が開かれると聞かされた。わたくしの歓迎のためだという。
「アンドレアス様を隣の席にしてくださらない?」
わたくしが当然のようにそう告げると、皇帝の眉がぴくりと動いた。
「……あれは出席しません」
即答だった。
まるで最初から晩餐会に参加させるつもりなどなかったかのように。
「ならば、わたくしも晩餐会には参りません!」
わたくしも即座に言い返す。
歓迎の宴だというのなら、主賓が欠席しては意味がないだろう。
皇帝はあからさまに顔をしかめた。
「……では、アンドレアスを出席させよう」
「よろしい。では、わたくしも出席しましょう」
こうして迎えた晩餐会。
豪華な料理が並び、着飾った貴族たちが集まる中、アンドレアス様もまた皇子らしい衣装を身にまとっていた。
もっとも、それは急ごしらえで用意されたものだろう。
昼間までの扱いを見ればわかる。
皇帝が見栄のためだけに整えさせたに過ぎない。
そして、その晩餐会で第一皇子が放った言葉。
「なぜ、このような席に、出来損ないがいるのですか! こいつはメイドの子だ。こんな者と同じテーブルで食べる食事なんて美味しくない!」
周囲の空気が凍りつく。
だが第一皇子は構わずアンドレアス様を睨みつけていた。
(ああ、そういう言葉を待っていましたのよ。第一皇子よ、今だけ感謝しますわ)
そして、わたくしは……




