11 厄介者ならば、わたくしがいただきますわ
ここはグランツェ帝国。
前の人生で見た帝国の繁栄とはまるで違う。
あの頃の帝国はエルドランの発明の恩恵を受け、大きな富を得た後だった。ところが今、その恩恵はわたくしの国にある。
街並みはまだ整備されておらず、飢えた民たちは路上に力なくしゃがみ込み、商店は荒らされ、秩序は崩壊していた。
ここまでのことになっているのに、わたくしの国へ無礼な使者を送ってきた愚かな皇帝。
(あの時は強大な存在だった。けれど今は、無駄なプライドを守るために、自国の民すら救おうとしない。本来なら頭を地に擦りつけてでも、わたくしの国から食料を融通してもらう必要があるでしょうに……)
わたくしの馬車の前後には、王女直属の近衛騎士たちが列をなしていた。その数は一目で数え切れない。
王国の次期女王を無礼な国へ送り出すのだ。護衛に一切の妥協はなかった。
皇宮に着くと、一人の少年が出迎えてくれた。皇帝の姿はない。
「グローリア王女。ようこそ我が帝国へいらっしゃいました。私は第二皇子のブラントです」
金髪にくすんだような青い瞳。薄い唇は軽薄な笑みを浮かべ、わたくしが馬車から降りるために手を差し出していた。
「お出迎え、ご苦労様。皇帝陛下のお加減はいかがですか? さぞや重い病気なのでしょう」
わたくしはその手を取らず、近衛騎士団長を呼び、馬車から降りるのを手伝ってもらう。
肩透かしを食らった第二皇子は、差し出した手をそのままに首を傾げた。
「えぇっと……父上は元気ですが、どういう意味でしょうか?」
近衛騎士団長が一歩前に出る。
「グランツェ帝国は我が国から食料を譲ってもらう立場です。この意味がお分かりでしょうか? ご病気でもないのにお出迎えもなさらない。これが丁重にもてなすという態度ですか? しかもお出迎えが第二皇子殿下一人とは……我が国を軽んじておられるのですか」
冷徹な視線が第二皇子へ向けられる。
わたくしを護衛してきた精鋭騎士たちもまた無言のまま彼を見据えた。
王国の威信を背負って集まった者たちだ。その人数は宮殿の正門前に収まりきらず、後方にまで続いている。
第二皇子が一瞬だけ肩を震わせたのがわかった。
(よく言ったわ。その通りよ)
わたくしは近衛騎士団長を心の中で褒め称えた。
ひとりの男が慌てて出てきて、わたくしの前に跪いた。
「私はグランツェ帝国宰相でございます。グローリア王女殿下。ようこそおいでくださいました。皇帝陛下は、ほんの今しがたまではお元気でいらっしゃったのですが、急に心の臓が痛みまして……お出迎えできなかったのでございます。誠に申し訳ありません」
(なんて稚拙な言い訳かしら?)
「まぁ、でしたらわたくしの滞在中はずっと寝室に籠もり、療養なさっていると良いですわ。諸外国には、民のためにこの食糧難の危機を乗り越える尽力もできなかった統治者として伝えられるでしょう。ですが、重い病なのですから仕方がありませんわね」
宰相は言い訳もできず固まっていた。
わたくしは遠く庭園の隅に佇む人影に気づく。
あれは……アンドレアス様!
「あの庭園の奥にいらっしゃる方はどなたかしら?」
「はい? あの方は……グローリア王女殿下にご紹介するような立場の方ではございません。今回はブラント殿下が丁重におもてなしいたしますので……」
「では、どのような立場の方なのかお伺いしましょう」
遠目に見ても皇子らしい華美な服装ではなかった。それどころか清潔であるかどうかも怪しい。着古した衣服を身にまとっているように見えた。
「あの方はそのぉ……」
返答しづらそうな宰相の代わりに答えたのは第二皇子だった。
「あれは父上がメイドに産ませた子です。皇子でもなく使用人でもない……いわば厄介者なのですよ」
「……なるほど。厄介者ならば、わたくしがいただきますわ。扱いに困り、さぞ悩みの種になっていたのでしょうね。わたくしが解決して差し上げます。帰国の際には連れて帰りましょう」
「待て! そんなむちゃくちゃなことが通るか! あれは第三皇子なのだぞ。余の子である!」
青筋を立てた皇帝が、宮殿二階のバルコニーから身を乗り出すのが見えた。
「あら、急病のはずがそんなところからずっと見ていらしたのですか? いい歳をして隠れんぼがご趣味なのかしら? あの方が第三皇子だというのなら、服装も扱いもそれなりにするべきでしょう」
わたくしを守るように両隣と背後に控えていた騎士たちが、「隠れんぼが趣味」という言葉に声をはばかることもなく笑った。
わたくしも不敵な笑みを浮かべたのだった。
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