14 エピローグ
「ふっ……お返えしするつもりはございませんわ」
(今さら、返すわけがないでしょう? 思わず、笑ってしまうわ)
ここは謁見の間。お父様もアンドレアス様も、使者を冷たい眼差しで見ていた。
「約束が違います。いずれ帝国へ返すと……」
非難めいた使者の口調に、わたくしは穏やかに視線を向けた。
「ええ、あの時はそう思いましたわ。ですが……アンドレアス様とわたくしは将来を誓い合う仲になりましたの。実は内々で婚約も済ませております。人を好きになる気持ちは予測がつかないことでしょう? ですから、約束をわざと破ったというわけでもありません。それに、帝国にとっても悪いお話ではないと思います」
使者は顔色を変えて去って行った。
「ふむ……グローリアよ。グランツェ帝国はガタガタらしい。民たちは頻繁に反乱を起こし、皇帝の威厳は地に落ちているとか……」
「おおかた、アンドレアス様を戻し、いいように利用しようとしているのでしょう。そうはさせませんわ。王宮の警備を強化しましょう。必ず何か仕掛けてくるはずです」
その数日後、刺客が襲ってきた。けれど彼らは、アンドレアス様の部屋へたどり着くことすらできなかった。近衛騎士たちが取り囲み、最後に剣を抜いたアンドレアス様が、ただ一歩前へ出ただけで、刺客たちは戦意を失った。もとより、彼らは金目当ての者たちで、皇帝に忠誠心などなかったようだ。
捕らえられた刺客の懐からは、グランツェ帝国の皇帝印が押された密書が見つかる。
『第三皇子アンドレアスとグローリア王女を亡き者にせよ。仕留めた者には褒賞金を出す』
(自分の意のままにならない息子なら殺してしまおうというわけね? それか、わたくしの王配になれば帝国の跡継ぎとなる可能性が大きくなることを危惧した? 実際、結婚後に私とアンドレアス様の子が生まれれば、血筋的にいえば皇位継承権を持つ子が増える)
「皇帝が生きている限り、安心はできませんわ……」
わたくしは小さくつぶやき、アンドレアス様と話し合う。
「あいつを裁くのは、俺たちではなく、帝国の民であるべきだ」
アンドレアス様の言葉に、わたくしはうなずいた。
「ええ。ならば、帝国の民に真実を知っていただきましょう」
帝国中に広がったのは、民を心底怒らせるものだった。
かつて飢えた民を救うために頭を下げた第三皇子を、皇帝が殺そうとしたこと。食料を安価で融通し続けていたエスティナ王国の王女までも、一緒に始末しようとしたこと。
その噂を流すとともにエスティナ王国は、皇帝の管理下にある流通経路への穀物供給を停止した。刺客を送ってくる国とは国交を保つことができないという抗議文を添え、その内容も帝国中へ広めた。ただし、民へ直接届く支援だけは続ける。
民たちは悟った。自分たちを飢えさせているのは、異常気象でも他国でもない。自分たちの劣悪な皇帝なのだと。
やがて帝国では大規模な反乱が起きた。皇帝一族は民の怒りに追い詰められ、ついに玉座から引きずり下ろされる。皇帝も、第一皇子も、第二皇子も、皇帝に連なる者たちは一人残らず処刑された。
新たに帝国をまとめた者たちは、黒布をかけた箱を携え、アンドレアス様とわたくしに正式な謝罪を申し入れてきた。
謁見室で箱を見た瞬間、中身が何かは聞かずともわかった。皇帝が確実に処刑されたことを証明する証拠……。
いくら皇帝を憎く思っていても、わたくしにそれを確かめる趣味はない。別室で本人確認をしたのは、アンドレアス様だ。
その後、新たな帝国の代表者たちは、アンドレアス様に皇帝になってほしいとまで懇願してきた。
けれどアンドレアス様は、朗らかに笑ってこう言った。
「俺は、グローリア王女のそばに、一生いると決めているからな。皇帝になる気はまったくないよ」
前の人生で、わたくしはすべてを奪われた。けれど今度は違う。
お父様もお母様も生きている。アンヌ様も救えた。アンドレアス様は、もうすぐわたくしの夫になる。
わたくしはアンドレアス様の手を取り、青く晴れた空を一緒に見上げた。
奪われるだけの運命は、もう終わった。
これからは、アンドレアス様と共に、誰にも奪わせない未来を歩いていく。
完
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だいぶ間が空いてしまい、大変申し訳ありません(..;)
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