5.決戦の時は離れていく
走って拳を入れる。一度遠ざかって、走って拳を入れる。再び遠ざかって、走って、拳を入れる。延々と繰り返した。
ドガァンにとって、同じことの繰り返しこそが唯一のやり方であり、それでいて全ての問題を網羅できるやり方だった。繰り返すことによって動きの一つ一つに速度が付加され、思考の余剰スペースを確保する癖がつく。主観的に見える景色から客観的に起こる結末までの様相全てが以前までと変化する。望むところは何処であろうと、繰り返すことでいつか到達可能である。今では増えすぎた余剰スペースで頭空っぽ、武装集団相手に最速で最適の動きを繰り返し、見事に返り討ちにする史上最強の戦闘マシーンへと化していた。それからどれだけの時間が経過したことか。彼が望む決戦の時、その兆しは、ドガァンの眼の内にのみ表れていた。
血がフュールならどこまでも戦い続けることができたのだろう。返り血塗れのドガァンは一つの戦いを終え、その身一つで町を彷徨っていた。
背後に伸びる坂道から、欠陥品のプロペラのような音がした。その音が持つ気配は、どういうわけか襲撃者たちが放つ気配と似たところがあった。ドガァンは警戒して振り返った。
坂を人の首が一つ、鼻が引っ掛かるたび低空ジャンプを挟みながらこちらに近づいてきていた。
ドガァンはその首をトラップした。靴のカーブが後頭部のラインとピッタリ重なる。
すると首は目を上向け、ドガァンに懇願を始めた。
「話を聞いてくれよぉ」
「こんな姿になってまで何の用だ」
「うーむ……こりゃアンタは相当惜しいとこまで来てるってことだ」
へへっ、と意味深に笑い、口から靴の上に血が漏れ出す。
「アンタの事情は知らないけど、この状況はきっと神の慈悲か悪魔の企みに掛かってるぜ」
「だから何が言いたい」
「今のアンタはなかなか陥れない境遇だよ。そこでだ。俺はこの機会にアンタを助けてやりたい。善行ってやつさ。ぜひアドバイスをさせてもらいたい」
ドガァンは足で転がして話を促した。首は頬が潰れながら話す。
「まず確認させてもらう。アンタは何のためにここにいる?」
「お前らこそ何なんだ」
「おいおい、聞いてるのはこっちだぜ」
「知るか。こっちは毎回襲撃を食らって困っているんだ。話せ」
ドガァンは力を段階的に込めて踏みつける。
この時点では首が先に折れた。「分かった。素性はこっちから、な」
「とはいっても何でもないんだ。俺たちは人を見つけ次第殺すのさ。わざわざ確認を取ったこともないが、多分他の奴らも一緒のはずだぜ」
「それで、なぜ殺そうとする」
「知らないよ。じゃあ逆に聞くけど、なんでアンタは俺たちにやり返すんだ?」
「やられたらやり返すものだろ」
「その理屈と一緒だ。見つけたら殺すものだろ?」
と言って、ドガァンに踏まれていながらも出来る限り視線を送る。「とにかくさ、こっちが聞きたいのはアンタの話だよ」
納得は行かないが、今度はドガァンが折れて話を進める。
「なぜここにいるのか、だったな。話してやろう」
足の下で首が「ワクワクだねえ」
「微妙に動くな。気持ち悪いぞ」
「ごめんよ」
「……ここへは通りがかりだ。世界の始まりを見に行こうとしている。潰してやりたいんだ。とても興味があってな。以上だ」
「最高だ!」首はドガァンの足を押し退けるほど大きく喜んだ。落ち着きと恥じらいを取り戻すと、ドガァンの足下に自ら収まりに潜った。「いやあ、物語なんて生まれて初めて聞いたんだ。噂には聞いていたけど、本物はもっと楽しいものだね」
「そうか。アドバイスはどうした」
「アドバイスね。いや、今度はアンタの物語に質問タイムだよ」
と言うと、首は血も混じらない乾いた咳ばらいを一つ。
「旅の進捗はどうなんだい」
「順調だ」
「へえ、そりゃよかった。じゃあどんな方法で世界の始まりを目指してるんだい」
「とにかく移動する」
「ほうほう、賢い。目指してからどれくらい時間が経った?」
「さあ。沢山だ」
「勇敢だねえ。ところで、さっき順調って答えてくれた根拠は?」
「最近、まったく人に会っていない。お前らくらいとしか会わなくなった」
「それが進捗にどう影響するの?」
「目指しているのは世界の始まりだ。そこはきっと人のいないところだ」
「はは、このまま会う人が減ればゼロになると思った訳だ。でも目的地とは反対方面、例えば世界の終わりに近づいているのかも、とは考えられない?」
「そうだったとしても同じことだ。世界の終わりに辿り着いたのなら、逆へ辿っていけばいい」
「いい心意気だ。まとめるとアンタはずっと同じ方法を繰り返してきている。そして自分ではそれが上手く行っていると思ってる」
ドガァンは深く頷いた。
「じゃあここからが俺のアドバイス。アンタはもうちょっと自分を疑った方がいいぜ」
「どういうことだ」
「アンタはそのやり方で生きてこれただけ奇跡みたいなものだよ。いいかい、俺とアンタは結果的な似た者同士だ。アンタが速く強い奴だってことはさっき身を持って理解した。それなのに俺とアンタは今のところこの世界に魂ってやつを縛られている。アンタは永遠に彷徨う魂、俺たちは永遠に再利用される魂」
「永遠に、な」不意に遠くを見つめるドガァン。
「自分がいつの間にか閉じ込められているとは思わないのか。もしくは、まだ俺たちがアンタを殺していないから判明していないだけで、アンタもここで再利用される魂なのかも」
ドガァンは心底意図が汲み取れないというように、「つまり何が言いたい」
「アンタの強さは疑うことを知らないってだけだ。本当は疑念を振り払う強さを得るべきだ。誰もがね。今話したみたいな別視点の考えとアンタ自身の考えを戦わせて、その時に傷を負えたなら……アンタはこの繰り返しを脱出できるかもしれない」
「本当か」
「本当だ。ただアンタは肉体精神共に最高級に惜しい器だから、傷を負えるかどうか」
「努力しよう」
「わざと作ったんじゃダメだ。わざとじゃ傷の責任を問う方向を追えない……」
首の悩ましい声色から、足の下に感じる筋肉の集合体から、ゆっくりと生気が抜け落ちていく電気的振動がドガァンにも伝わった。予感したドガァンは口を閉じ、彼のアドバイスに耳を傾けた。
「バカなアンタ向けに、何故・原因・目的を混同するな。させられるな……最高級のアンタ向けに、論理と感情を束ねる全身全霊が行くべき道を指示してくれる……何も見失うな」
空気から鼓膜へと伝わる声は、次第に足から心臓へ直接内側に語られるような心地へと変化した。終わったことを知るとドガァンは足を退けた。すると男の首は、正真正銘の生首となって動かなかった。
ドガァンは首を拾い上げた。そして食べる物、飲む酒、眠る場所を探して歩き始めた。それも大量に、ドガァンの体が沈み込んで帰ってこれなくなるほど大量に必要だった。ドガァンの空っぽ余剰スペースに一つの考えが浮かんだ。この首を食べてやろう。この再利用される魂を食べ、自分の魂の一部とする。そしていつかこの世界から共に脱出しよう。それは自分一人では配役の埋まらない、ドガァンにとって真新しい考えだった。傷について考え、彷徨い続けた。




