013 僕
僕の手元には、彼女の為に僕の母が買い与えたノートだった物…、
僕達の努力を馬鹿にしたかの様に、
彼女の願いを踏みにじって見せるかの様に千切られた残骸……。
それと、元は彼女のワンピースだったと言う端切れ…、
「正方形の白っぽい布地」の四方の織糸を細かく分け、
小さく束ねる「フリンジ加工」を施した物から作られた物…、
彼女御手製の「てるてる坊主」が残されていた……。
・・・僕が病院まで、彼女に会いに行った最後の日・・・
息を切らし、階段を駆け上った先にて、
顔見知りの看護師から手渡されたのは「集めた紙の束」、
そして「てるてる坊主」と「訃報」でした。
信じられずに駆け込んだ彼女の病室は、不自然な程、完全に空で…、
彼女は、病室から跡形もなく消え去っていました…、
脳裏を掠める霊柩車…、
万が一の可能性に、声無き叫びを上げ駆け出した僕……。
顔見知りの看護師に、彼女の居場所を訊ねると、
『もう、母親が業者を呼んで持って行ってしまいました…』と言います。
僕は再び、走り出しました。
「…イ…カ…ナ…イ…デ……」
何度か転び、階段から落ちかけ…、足を引き摺って向かった先には、
当たり前の事だけど…、既に霊柩車はありませんでした……。
走り去ったのを昼食を食べながら見ていた事を僕は思い出します。
しかも、その霊柩車に彼女が乗っていたか否かも不明なのです。
そもそも、一日何人、死んでいるか考えれば、知っていれば…、
その可能性が低い事に僕は気付けていた事でしょう……。
この後、僕は、彼女が入院していた病棟に戻り、
個人情報保護と言う名の壁の前に、絶望したのでした。
今まで何度か手を貸してくれていた人達も、
彼女が与えてくれようとしていた素材が消え、
自分達にメリットが無くなったので、
そこから、その時点から、手を貸してくれる事はありませんでした。
・・・あの時から、途絶えた彼女の消息・・・
僕の心に残ったのは…、遣る瀬無い気持ちと、苛立ち、そして、憤り……。
前日に無理してでも会いに行っていれば…、せめて霊柩車に注意を払い…、
間違っていたとしても、霊柩車に乗り込む人に話し掛けていれば…、
「最期」に…「最後」に……。
「もしかしたら、会えていたかもしれない」そう思え、
後悔しても後悔し切れません。
残されたのは、喪失感と焦燥感。そして、彼女の母親への怒り。
色々な感情が入り混じる中での、無力だった自分に対する嫌悪感。
僕は、握りしめていた「てるてる坊主」を抱きしめ…、
ノートだった物を持って家路に就きます……。
帰り途は記憶にありません。
あの時の僕は、どうやって家に帰ったのでしょうか?
気付けば、いつの間にか家の玄関に立っていました。
家の中には…、嘆き悲しみ、泣けない僕の分まで泣く…、
何もできなくなった僕の母親の姿がありました……。
僕が家を出た数時間後…、昼時に連絡があったらしいです……。
食べかけの昼食がリビングに残っていました……。
それから、どのくらい時間が経ったのでしょうか?
夕闇が部屋を染め、母の鳴き声が啜り泣きに変わった頃、
いつも無口な父親が帰宅しました。
父は一瞬、沈痛な面持ちを見せ『解っている、何も言うな…』と、
玄関に立ち竦む僕の肩を抱き、家に上がらせ、
僕と母をソファーに座らせます。
その上で父は、自分の事を後回しにして、
僕と母の為に熱くて、
最後に砂糖が残っている程に甘いココアを入れてくれました。
お湯や、温めた牛乳に入れてOKな種類の…、
簡単ココアが常備されていなかった為、
父が凄く頑張って作ってくれた事が分ります……。
・・・喪い欠けた心に、無言の静かな優しさ・・・
子供の頃は、こんな時…、何か「慰めの言葉」が欲しくて、
何か言って欲しくて駄々をこねていました。
あの頃に理解出来なかった父の優しさが、
今の僕を包み込んで癒してくれます。
「まだ、彼女の事を言葉にしなくて済む」それは、救いでした。
「受け止められない」現実が、「受け止めたくない」現実になるまで、
父が「彼女」の事を口にする事はありませんでした。
また、どれくらい時間が経過したのでしょうか?
僕は…、涙を零し、僕の為に子供みたいに泣きじゃくる母の御蔭で…、
悲しみに暮れる事無く、体面を繕い……。
言葉少なな父のサポートで、日常を今まで通り忙しく生きています。
あの日から変わった事と言えば…、
彼女に会いに行っていた日曜日にも休みなく、
仕事三昧であると言う事くらいでしょう……。
僕は「今、立ち止ると…、
もう、二度と立ち上がれないんじゃないか?」と言う恐怖感に苛まれ、
気付けば、学校を卒業し数年、生き急ぐように走り続けていました。
そして、ふと気がつくと…、母親は、いつの間にか、
普通に立ち直っています。
昔の様にロマンスコミック片手に家の中を乙女チックに飾り立て、
彼女が生きていた頃の状態にまで回復していました。
母の仕業であろう暴挙も、あちらこちらに鏤められています。
忙しさに感けて、留守がちにしていた僕の自室は…、
赤を基調としたピンク系の色合いを際立たせる素敵な御部屋に変身、
全くもって、落ち着けない仕様となっていました……。
営業職を選択し早朝出社、人脈作りの為に深夜帰宅をして、
寝る為だけに家へ帰っていた成果かもしれません。
何だかどっと、疲れを感じます。
そもそも、何故に今までコレが平気だったのか…が、不思議です……。
暫くして…、僕は本業の仕事以外の秘密の仕事…、
会社に黙って高校時代から続けていた内緒のアルバイトを…、
退職する事にしました……。
僕に…、彼女と出会う前まで存在していた「休日」と言うモノが、
戻ってきました……。
就職してから、バイトの為にではない有給を取った初めての平日の朝。
惰眠を貪りながらベットに寝そべり、
久し振りに「彼女が好きだったラジオ局」の番組を垂れ流します。
あの頃と変わらず…、人は変わってしまっていても、
DJの心地よい声が番組を進行していっています…、
このチャンネル発信の月替わりヘビロテも健在で、
とても嬉しくなりました……。
暫くすると、季節感を失った僕に、
彼女が行きたがっていた「野外フェス」の情報が告げられます。
彼女と出会う少し前、生まれて初めて入院した時に感じた感覚、
時間に取り残され感、
自分が居なくても動く世界に居場所を無くした様な気持ちになって、
僕は苦笑します。
今更、僕は亡くした彼女の事で酷く落ち込んでいたのです。
すると『and it goes on like this!』
彼女の少し怒っている時の声が聞こえた気がしました。
「and it goes on like this」は、
どんなモノでも「与えられた幸せに感謝できる人間でありたい」と思う。
彼女と…僕の目標、ある意味で合言葉でした……。
僕はベットから飛び起き、声の方向を確かめると、それはラジオで…、
彼女の声とは似ても似つかない男性ボーカルの歌声…
『and it goes on like this!』は、
ラジオで流れている曲の中の歌詞でした……。
それはとても、懐かしい曲でした。
彼女が生前好きだった楽曲でもあります。
そう「and it goes on like this」は、
僕が知る限り、TV番組に出演していた海外の難病患者も、
幸せを感じた時に愛用していた言葉。
その彼女達は、成長より先に来る老化の為、
大人になるまでに老衰で死んでしまう病を患っていた姉妹。
大人になるまで着用が許されないカラフルな綺麗な衣服を身に付け、
化粧をして貰う事で、至上の喜びの笑顔をカメラの前で見せてくれ…、
TV画面の中で微笑んでくれていたのです……。
そんな天使の様な姉妹が、
その幸せを噛み締めていた時、口にしていた言葉です……。
僕は、彼女とは違い。英語がそんなに得意ではないから、
ググル程度の意味でしか、その言葉の意味を知らず…、
ネイティブな意味での「and it goes on like this」は、
きっと理解できていません……。
でも、その気持ちの根源だけは、
彼女を通して理解できているつもりなのです。
『なんだよ、それ…でも、そうだな……。
こんな結果、君は気に入らないし、絶対に望んだりしないよな。』
僕はスマホを手に取り、彼女が好きだった番組のDJへ向けて、
「LIVE BBS」に感謝の言葉を書き込み、
そして「フェス」への参加表明をしました。
そんな僕を見て、
彼女の「てるてる坊主」が、僕に微笑みかけてくれた気がしました。




