表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

012 私

病院に完全介護だからと、金だけ払い込み…、

何年も彼女の病室へ近付く事無く、病棟に顔も出さなかった女が…、

深夜、久し振りに彼女の病室へと、やって来ました……。

女は、彼女と再会するなり、

自ら歓喜の渦に飲み込まれ、醜悪な程、笑みを浮かべていました。


女は『あの子は神に選ばれた』のだと、

『私は娘を護りきった』のだと言っています。

『あの子は神に呼ばれた』のだと、

『私は必要最低限の傷だけで神の身元に帰せた』のだとも言っています。


一頻り歓喜の溺れ「自分の正義を全うした」その女は息を切らし、

呼吸を整えてから、母親としての顔をのぞかせ、

動かなくなった彼女に『よく頑張りました』と優しい言葉を掛けました。


その場に居た年配の看護師は、雰囲気から危険と判断し、

一歩引いて、その光景を見守っていました。

そんな中、病院関係者の一人…、生贄にされた若い医師が、

業務上の理由で、

『彼女はドナーになる事を希望していましたがどうなさいますか?』

と…女に声を掛けます……。


女の表情は、凍り付き、豹変し、暴れ出しました。

思いつく限りの誹謗中傷を並べ立て、物を家具を窓をも壊しました。

看護師は、話しの持って行き方を知らなかった医師を一旦、病室に残し…、

部屋を足早に出て行きました。

若かった医師は怯え、女の変貌に驚く事しかできませんでした。


女の手が、サイドテーブルの上にあった「硝子の花瓶」に当たり、

花瓶は跳ね飛ばされ、近くの壁に叩きつけられて、

破片を部屋中に撒き散らせます。


医師は飛び散る破片で怪我をしながらも、気を持ち直し、

女に負けじと「彼女が書いていたノート」を見せ…、

必死で「彼女の意思」を伝えようと頑張ってくれました……。


女は、自分が「入信している宗教の正義」を貫き、

医師は「彼女の意思を尊重する為」に、

必死で「自分の正義」を貫こうとしていました。


その決着は、

女が「彼女の書いていたノート」を2冊一緒に素手で引き裂き、

踏み付け…、足元にあった硝子の破片を拾い上げ……。

『何て、罰当たりな子なの!』と『神を冒涜するだなんて!』と、

動かぬ彼女に襲いかかる事で、無理やり収拾される事となりました。


その時に丁度、彼女の妹である私を連れてやって来た彼女の父親が、

花瓶の破片を握りしめる女の手を破片と一緒に握りしめ、

鮮血を撒き散らしながらも彼女を傷付けさせなかったのが、

この時の唯一の救いかもしれません。


私は父方の祖父母の後ろに隠れ…一歩も動けず立ち竦み、

独り、辛く悲しくて涙を零していました。

両親の離婚後、最初で最後の…、

嘗ての幸せだった家族全員での再会が、こんなモノだったからです……。


純粋で生真面目な性格だった筈の母親は、そのまま真直ぐ、

宗教に心の底まで染まってしまっていたみたいです。

母親の我儘で引き取られていた、もう一人の私は…、

母だった女曰く、今のまま火葬すれば、神とやらの「祝福」を受け…

その「神の名の元に幸せになる」と言うらしいんです……。


私は、そんな事を言う女の事を一生、許せそうにありません。


私は、母親だった女の言う事や、宗教の指針に逆らい。

「もう一人の私」に「自らの一部」を捧げようとして、

母だった女の愛する宗教の教えに背いてしまい、

女の意思で法的に排除され…、紙の上では、もう、

あの女は私の母でなく、彼女とも家族でなくなっています……。


それでもこの時まで…、私は、嘗ての幸せだった時に縋り付き…、

母が元の優しい人に戻る事を夢見ていました……。

結局それは、母だった女に引き裂かれ…、

見るも無残な今を生んだだけになってしまいました……。


深夜に差し掛かる時の中…、屈強な体格の警備の人達が現れ…、

二度と動かぬ「自分の娘」に「危害を加えようとした女」は、

一時的に強制的に排除されました。


彼女とそっくりな私が、

泣きながら『2人だけにして欲しい』と頼むと、

父は怪我をしていた為に治療に行き、祖父母や、医師と看護師も皆、

病室から出て行ってくれました。


私は、彼女と二人きりになり…、溜息を吐きます。

彼女の望みが総て、打ち砕かれてしまっていたからです。

本人の意思は、

家族の同意が無いと、無視されるのが当然の事だったからです。

彼女の親権は、あの女のモノであって、その他の誰の物でもありません。

だから、この国のルールで、彼女に残る、

まだ生きている総ての細胞が、殺されてしまう事が決まりました。


誰かの一部としてでも生きる事を許さない。

誰も何も救わない。死んだら灰となる事が義務である。

母が望む「完全な死」が、彼女に与えられました。


『この国が一般的に信仰している神は「死神」なのかもしれないね』

これは、彼女が私に言った言葉の一つです。


私は、女が引き千切った「ノート」を…、

彼女が「書き残した気持ち」を…、「残したかった思い」を…、

一つ残らず集めました。

私の心の中だけでも、彼女に生きていて欲しいと思ったからです。


もう一人の私は生前…、もし、自分が死んでしまったら、

できる事なら「目」を必要な人に提供したいと言っていました……。

彼女は16歳未満の為、病棟から出る事を制限されていたから、

『死後でも構わない、自分以外の誰かの目としてでもいい

私は…今まで見る事が出来なかった、外の世界を自分の目で見たい』

そう古いノートと、新しく可愛らしいノートに書き残してもいました。

私が、もう一人の私の代わりに…、

彼女が見たいと望んでいたモノを見に行こうと、思います……。


使えるなら「心臓」も提供したいと書いてありました。

「恋した時、一番初めに自らの恋を報せるのは、心臓だから」と、

彼女が言っていたのを私はいまでも覚えています。

「彼女が恋した恋」に、

私も恋したら、彼女は少しでも救われるでしょうか?


私は自分の涙を拭い、彼女の髪や頬に触れました。彼女の目を見ると、

彼女の目から血の涙が溢れ零れ落ちたように見えました。

両親から流れた赤い滴が飛んでいたのかもしれません。

彼女は泣きながらも、少し微笑んでいるように見えます。


それから暫くして

私は「彼女のノート」の破片を拾い集めながら、叫び泣き崩れました。

古い方のノートの切れ端に書かれていた想いが切な過ぎたのです。


母に引き取られ…、母親が崇拝する「神」に苦しめられ続けても尚、

母を慈しみ…許し、愛する事のできた彼女の心が……。

大きく…広大な程に広過ぎて、孤独な愛だったからです……。


書かれていた言葉は、私に宛てて書かれた手紙の様なモノでした。

彼女は、あの「女の御蔭」で自分を大切にしてくれる「家族」に出会い、

その「家族」に自分は「愛され幸せだったから」と理由を書いています。

でも、その理由が尚更、あの女を許せない私の理由となりました。


私は、彼女をあの女が作った地獄から、

救ってくれていた「家族」に感謝しながら…、

私だけはどうしても、あの女を許す事ができません……。

それだけが唯一、叶えてあげられる彼女の望みでも、無理なのです。


今日、初めて入院先を教えてくれ、

彼女と会う事を許してくれたのが、あの女であったとしても…、

今日まで、会う事を禁じたのも、あの女なのです……。

私があの女を憐れみ、許せる日は絶対に来ないでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ