第三章 焚き火の傍らで
夜が怖いわけじゃない、闇が怖いわけでもない
ただ、目を閉じたその先に
もう君がいないような気がするんだ
だから今夜も、嘘をひとつ
君の隣で、眠れるように
どうか、この小さな灯火が朝まで消えませんように
我ながら、随分と張り切ってしまったものだ。両腕いっぱいに抱えた薪の山を見下ろしながら思う。枯れ枝というものは、探してみれば案外そこら中に落ちていた。特にこの森は樹木の間隔が広く、日当たりの良い場所も多いからかもしれない。
最初は適当な量を拾って帰るつもりだった。
しかし、一本拾えばもう一本、そのまた先にも良さそうな枝が落ちている。どうせなら、少し多めに持って帰ろう。そんなことを考えているうちに、気づけばこの有様である。腕の中には大小さまざまな枝が積み上がり、もはや前方の視界すら怪しくなっていた。
……まあ、少ないよりはいいだろう。俺は自分にそう言い聞かせ、来た道を引き返した。幸い、野営地はそれほど遠くない。木々の向こうには、見覚えのある濃紺のフードがちらちらと動いているのが見えた。
「おーい、マシュー!」
声をかけると、フードがぴたりと止まった。
「ん? トーマ?」
マシューがこちらを振り返る。そして、俺の姿を認めた瞬間。
「…………」
その動きがとまり、ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返す。それから、ゆっくりと首を傾げた。
「キミ、何しに行ってたんだっけ?」
「薪拾いだろ?」
「うん。そうだね」
マシューは妙に優しい声で頷いた。
「じゃあ、もうひとつ聞いてもいい?」
「ああ」
「キミ、森の木を全部持って帰ってくるつもりだったの?」
「へ?」
思わず間の抜けた声が出た。マシューは俺の腕の中を指差している。
「いや、だってさ!なにその量!僕たち、これから何日ここに住むつもりなの!?」
「そんなに多いか?」
「多いよ! ものすっごく多い!」
マシューは両手を大きく広げてアピールをする。
「一晩どころか、明日の夜の分までありそうじゃん!」
「……まあ、足りないよりはいいだろ」
「そりゃそうだけどさぁ……」
呆れたように溜息をつく。しかし、その口元は僅かに緩んでいた。
「もう。キミって、本当に変なところで真面目なんだから」
そう言いながら、マシューは俺の腕から枝を何本か抜き取った。
「ほら、貸して。半分持ってあげる」
「いいよ、大丈夫だ」
「いいから!」
少しだけ強引に枝を取り上げると、マシューは得意げに胸を張った。
「こう見えても僕、結構力持ちなんだよ?」
「……魔導士なのに?」
「魔導士だからって、ひ弱だと思わないでほしいな!」
そう言って、抱えた枝を持ち直す。
しかし、その拍子に一本がするりと抜け落ちた。
「あっ」
続いてもう一本。
「あ、あれ?」
さらに二本。
「ちょ、ちょっと待って!」
とうとう腕の中の枝が雪崩を起こし、足元へばらばらと落ちていった。マシューはしばらく呆然とそれを見つめていた。それから、ゆっくりと顔を上げる。
「…………」
「……器用さが足りない」
「うるさいなぁ…今のは枝が悪いんだよ。僕は悪くないもん」
「枝にも責任があるんだな」
「あるの!」
そう言い切ると、マシューはそっぽを向いた。もっとも、その耳元が僅かに赤くなっていることには気づいていないらしい。俺は思わず笑ってしまった。
「あははっ。悪い悪い」
「……もうっ」
マシューは不満そうに唇を尖らせたが、やがて自分でもおかしくなったのか、小さく笑った。
「……でも、ありがとね。トーマ」
不意に、そんな言葉が返ってきた。
「ん?」
「薪。いっぱい拾ってきてくれてさ」
マシューは足元の枝を一本拾い上げ、少し照れくさそうに笑った。
「これだけあれば、今夜は火を絶やさずに済みそうだよ」
「……だろ?頼りになるだろ?いっぱい燃やそうぜ。一番明るくしよう」
「ふふっ。頼りになる相棒だね、キミは」
そう言って、俺の肘を軽く小突いた。妙に嬉しそうだった。たかが薪を拾ってきただけなのに、大袈裟な奴だと思う。けれど不思議と悪い気はしなかった。
俺たちは二人で薪を焚き火の予定地へ運び、太さごとに分けて積み上げた。
「……ああ、そうだ。こいつも休ませてやらないとな」
ふと思い出し、傍らで大人しく待っていた荷馬へ目を向ける。馬は俺と目が合うと、何かを催促するように小さく鼻を鳴らした。
「そうだね。この子も一日中歩いてたんだもん。お疲れ様って言ってあげなきゃ」
マシューはそう言うと、馬の鼻筋を優しく撫でた。俺は手綱を引き、野営地から少し離れたところに立つ一本の木へと向かった。周囲に絡まりそうな低木もない。ここなら馬を繋いでおくのに都合がよさそうだ。俺は幹に手綱を回し、馬が無理なく首を動かせるだけの余裕を残して結びつけた。
続いて背に積んでいた荷を下ろし、鞍帯を緩めてやる。すると馬は、ようやく一息つけるとでも言いたげに、ぶるるっと鼻を鳴らした。
「よしよし。お前も今日はご苦労だったな」
首筋を軽く叩いてやる。馬は抵抗することもなく、静かに目を細めた。
「キミって、馬には随分優しいんだね」
「……なんだよ、急に」
「別にぃ?」
マシューは口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「僕にもそれくらい優しくしてくれていいんだよ?」
「お前には十分優しくしてるだろ」
「えー? そうかなぁ?」
マシューはわざとらしく首を傾げた。それから、馬の首をぽんぽんと撫でる。
「ねえ、キミもそう思うでしょ? トーマって、僕にはちょっと意地悪だよねぇ」
馬は答える代わりに、小さく鼻を鳴らした。
「あっ、ほら! この子もそう言ってる!」
「都合のいい通訳だな」
「ふふん。魔導士だからね!」
「馬と話す魔法なんてあるのか?」
「さあ? どうだろうねぇ、世界は広いから探せばあるかもねぇ」
マシューは楽しそうに笑っている俺は呆れながらも、馬のために水桶代わりの鍋を置き、水を入れ、持参した飼葉を少し分けてやった。これでひとまず、今夜の寝床は確保できた。




