第八章 出会いはいつも突然に
出会い、別れ、また出会う
人生とはその連続であり
それがない人生を果たして歩むといえるのか
人は他者無しには存続しえない
育く、往く、逝く
それを生きるという
良しにしろ悪しきにしろ
人は人と出会うために生きるのだ
ノラ森林行軍から帰還した翌日、アルカディア統合士官学園は、参加したすべての生徒に一週間の休養を与えることを発表した。大規模な魔物の襲撃によって多数の負傷者が出たことに加え、死亡した生徒たちの遺族への対応や、事件の調査にも相応の時間が必要だったためである。
幸い、帰還の道中では魔物に襲われることもなく、生徒たちはそれぞれの宿舎や自宅へと戻っていった。
トーマとマシューも、その日のうちに自分たちの住まいへ帰ることができた。二人が暮らしているのは、町の一角に建てられた学園の運営する集合住宅だった。
士官学園では遠方から入学してきた生徒のために、いくつかの居住施設を用意している。
貴族課程の生徒たちには格式ある寄宿舎が割り当てられることが多かったが、平民課程の生徒には比較的安価な集合住宅も提供されていた。
二人が住む部屋は、そんな建物の二階にある。
小さな居間に台所、備え付けのベッドが二つ置かれた寝室がひとつ。
家具も必要最低限のものしかない、質素な住まいだった。
それでも、二人で暮らすには十分な広さがあった。もっとも、帰還してからというもの、トーマはほとんどを寝台の上で過ごしていた。
初日には神聖国のセレスティアとフィオナが往診に訪れた。
セレスティアはトーマの状態を一通り確認すると、経過は良好であると告げた。ただし、魔力の消耗と筋肉の損傷が大きく、しばらくは安静が必要だという。
一方のフィオナは、診察中もずっと喋り続けていた。
薬の飲み方に始まり、食事の注意点、魔力の回復を促す休養方法、さらには神聖国で親しまれている滋養料理の話にまで及んだ。
結局トーマが途中で眠ってしまうまで、その説明は続いた。
二日目にはカイルとシャルロッテが見舞いに来てくれた。
共和国の焼き菓子や果実を大量に持参し、狭い居間に腰を下ろすなり、二人揃って森林行軍での出来事を話し始めたのである。
「旦那、覚えてねえっすか?俺っちが助けに入ったときのこと!」
「いやぁ、正直ほとんど……」
「ええっ!?俺っち、あんなに格好よく登場したのに!」
「いやいや、カイル。あんた、最初に思いっきり転んどったやん」
「転んでねえっすよ!」
「滑っとったやろ!」
「あれは回避行動っす!」
そんなやり取りを聞いて、トーマは久しぶりにおかしくて笑った。
笑った途端、脇腹に痛みが走り、今度は別の意味で声を上げる羽目になったのだが。
そうして迎えた、休養三日目。
この日、二人の部屋には思いがけない客が訪れることになる。
「いってぇなぁ」
昼下がり。
寝台から身体を起こそうとしたトーマは、顔をしかめた。
肩が痛い。背中も痛い。腰に至っては、少し動かしただけで鈍い痛みが走る。
何より困ったのは、どうしてこんなに身体のあちこちが痛むのか、本人にもよくわからないことだった。
あの夜の記憶は、ところどころ抜け落ちている。魔物と戦ったことは覚えている。剣を振るったことも。だが、どうやって戦い続けたのか、最後に何が起きたのかとなると、まるで覚えていなかった。
「ったく。俺、何やったんだよ」
ぼやきながら、どうにか寝台から足を下ろす。
昨日までは一人で立ち上がることも難しかったが、今日は壁に手をつけば短い距離なら歩けそうだった。
とはいえ、まだ外へ出られる状態ではない。マシューからも、しつこいくらい安静にしているよう言い聞かされていた。
『いい?僕が帰ってくるまで絶対に無茶しないこと。台所で何か作ろうなんて思わないでよ。水は机に置いてあるし、お腹が空いたらパンもあるから』
今朝のことを思い出す。
マシューは食料品と生活用品を買うため、町の商店街へ出かけていた。出かける直前まで、何度も同じことを言っていた気がする。
「あいつ、俺の■■かよ」
苦笑しながら立ち上がる。
壁に手をつき、ゆっくりと居間へ向かった。窓から差し込む陽光が、床板の上に四角い模様を作っている。開け放たれた小窓からは、町を行き交う人々の声が聞こえてきた。遠くでは、行商人が野菜を売る声を上げている。
平凡な午後だった。
ほんの数日前まで、命懸けで魔物と戦っていたことが嘘のように思える。トーマは椅子へ腰を下ろすと、机の上に置かれた水差しへ手を伸ばした。
そのときだった。こん、こん。扉が叩かれた。
「ん?」
トーマは顔を上げた。マシューにしては、帰ってくるのが早い。それに、あいつなら鍵を持っているはずだ。
「はーい、ちょっと待ってくれ!」
椅子から立ち上がる。途端に背中へ痛みが走り、顔をしかめた。
「……っつう」
何とか扉まで歩き、閂を外す。
扉を開けると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
「失礼します!」
元気のいい声だった。少女は背筋をぴんと伸ばし、勢いよく頭を下げた。
「ローデン王国士官候補生、ミレイユ・ラ・フォルジュです!」
「お、おう?」
トーマは面食らった。目の前の少女は、王国の制服を身に纏っていた。
よく手入れされた革の長靴に、腰には細身の剣。肩まで伸びた髪は後ろでひとつに束ねられており、快活そうな顔立ちの少女が立っていた。
「えっと、どちらさんですか?」
トーマは首を傾げた。
「はい!ミレイユ・ラ・フォルジュと申します!」
「いや、それはさっき聞いたんだけど、違うな、俺が違う、そう、何の要件ですか?っていう話で……」
「あっ!」
少女は、慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。
「す、すみません!つい癖で!」
「……いや、別にいいんだけど」
すると、ミレイユは何かに気づいたように顔を上げた。
「あの!もしかして、トーマさんですか?」
「はい、そうですが……」
「やっぱり!」
少女の顔が、ぱっと明るくなった。
「よかったぁ!間違っていたらどうしようかと思っていました!」
「……えぇ?」
「実は、フィオナさんからこちらの住所を教えていただいたんです!」
「フィオナ?」
「はい!神聖国のフィオナ・エル・セラフィスさんです!」
そこでようやく話が繋がった。
あのよく喋る元気な少女だ。
「ああ、あのお喋りフィオナか。それで、俺に何か用?」
「はい!」
ミレイユは背筋を伸ばした。
「お見舞いに参りました!」
「……見舞い?」
「はい!」
また、勢いのいい返事だった。トーマはしばらく少女を見つめていたが、やがて笑いながら扉を大きく開いた。
「そっかそっか。わざわざありがとう。まあ、入ってくれよ」
「失礼します!」
ミレイユは再び頭を下げ、部屋へ入った。




