幕間
やがて、五人はそれぞれの天幕へ戻ることになった。
外へ出ると、夜風が冷たかった。
森の向こうからは、まだ共和国の歌声が聞こえてくる。
ミレイユはその方角を見つめ、大きく伸びをした。
「……いやあ、なんだかあっちは楽しそうですね。美味しそうな匂いもしたし」
「……そうですね」
「私たちも、無事に帰れたことを喜んでいいんですよね?」
リディアは、少し驚いたようにミレイユを見た。
それから、微笑んだ。
「もちろんです」
「よかった!」
ミレイユは笑った。
「じゃあ、明日は美味しいものを食べましょう!」
「……ふふっ。そうですね」
二人は、笑いながら王国側の天幕へ歩いていった。
クラウディアも二人に別れを告げ、帝国の宿営区へ戻っていく。
残されたレオンハルトとエリシアは、しばらくその場に立っていた。
「……兄上」
「何でしょう」
「今日のこと、後悔しておられますか?」
レオンハルトは、少し考えた。
遠くから聞こえる歌声。
あの熊人たちの怒り。
そして、毛布に横たわっていた少年の姿。
レオンハルトはそれらを思い出しながら、手を顎に当て考える。
「……いいえ、後悔などありませんよ?ですが忘れることはないでしょうね」
エリシアは兄の横顔を見つめた。
「どうしてですか?」
レオンハルトは、少しだけ笑った。
「我々が正しい判断をしたとしても、その判断によって救えなかった者がいるかもしれない。それを忘れてしまえば、いつか本当に間違えることになるでしょうから」
エリシアは、しばらく黙っていた。
それから、静かに頷いた。
「……兄上らしいお答えですわね」
「そうでしょうか?」
「ええ」
二人は、並んで歩き始めた。
その背後で、共和国の歌声がひときわ大きくなった。
誰かが杯を掲げ、誰かが仲間の名を呼んでいるのだろう。
レオンハルトは、もう振り返らなかった。彼らは今夜、あの少年に会うことができなかった。
いや。
姿を見ることはできた。
名を知ることもできた。
けれど、言葉を交わすことは叶わなかった。
トーマという一人の少年が、何を考え、どのような願いを持ち、ここまで歩んできたのか。
そのどれも知らないままだった。
ただ、五人の胸には、それぞれ違う思いが残っていた。
レオンハルトには、指揮官としての責任と、未知の才能への関心が。
クラウディアには、納得できない怒りと、それでも否定できない共和国の誇りが。
エリシアには、まだ見ぬ少年への静かな興味が。
リディアには、一人の騎士として、命を救われたことへの感謝が。
そしてミレイユには、いつかあの勇士と剣を交えてみたいという、純粋な憧れが。
それぞれが、違うものを持ち帰った。
同じ戦場に立ちながら、同じものを守ろうとしていたはずの者たち。
けれど、その選択は異なり、辿り着いた場所も違っていた。
正当たる選択肢を示されても、どれを選ぼうと立場や国が違えば正当の意味は容易く変わるのだ。
この五人の胸中に残るものを鑑みれば、それが答えである。
夜の森には、まだ歌が響いていた。
帰らなかった仲間を悼み、帰り着いた者の生還を祝う歌。
その歌声は、帝国と王国の宿営区にも届いていた。
五人は、各々の天幕へ戻っていく。
明日には、この森林行軍も終わる。
そして、学園へ帰れば、しばらくの休養が与えられることになっていた。
彼らが再びトーマという少年を訪ねるのは、それから少し後のことになる。
そのとき彼らは知るのだろう。
共和国の者たちが勇士と呼び、神聖国の聖女がその身を案じた少年が、実のところ、少し口が悪く、食べることが好きで、驚くほど人を疑わない、ごく普通の少年であることを。
そしてその傍らにはいつも一人の小さな魔法使いがいることを。
この夜、五人はまだそのことを知らなかった。
ただ、あの宴の喧騒だけがいつまでも耳に残っていた。
幕間 正当たる選択 了




