幕間
その後、五人は救護所の奥にある小さな天幕へ集まった。
そこは帝国と王国の指揮官たちが会議に用いていた場所だった。
中央には木卓が置かれ、その上には昨夜の戦闘区域を記した地図が広げられている。卓上に置かれたランプが、疲れた五人の顔を照らしていた。
「……さて」
レオンハルトが椅子へ腰を下ろした。
「皆さん、今日はありがとうございました」
「……何ですの、改まって」
クラウディアが尋ねる。
「いえ。昨夜から皆さんには随分と無理をさせましたから」
「それを言うなら、レオンハルト様こそでしょう」
「お互い様だよ、クラウディア」
ミレイユは椅子に腰掛けると、大きく伸びをした。
「……はあ。さすがに疲れました」
「ミレイユ、お行儀が悪いですよ」
リディアが窘める。
「あっ、すみません!」
慌てて背筋を伸ばす。
その様子に、エリシアが小さく笑った。
「ふふっ。今くらい、よろしいのではありませんか?」
「エリシア様……」
「私も随分と疲れましたもの」
エリシアは椅子へ腰を下ろすと、使用人が用意した茶を一口飲んだ。
「……それにしても。やはり納得がいきませんわ」
クラウディアが再び口を開く。
「……まだ、その話ですか」
レオンハルトが苦笑した。
「当然です」
クラウディアは腕を組んだ。
「昨夜、我々が指揮を執っていなければ、西側防衛区域は崩壊していました。負傷者の収容も、魔物の再襲撃への対応も、すべて必要なことだったはずです」
「ええ。そのとおりです」
「でしたら、どうして我々だけが責められなければならないのですか?」
彼は地図へ視線を落とした。
中央拠点。
帝国と王国が担った西側防衛区域。
そして、神聖国と共和国の部隊がいた北側防衛区域。
その外側には、トーマが戦っていたとされる森が広がっている。
敵は北から襲来し、比較的人の多い西側に流れるように向かってきた。
「……クラウディア」
「はい」
「仮に、もう一度同じ状況になったとしても、私はおそらく同じ判断をするでしょう。そもそもトーマさんを救護する義務は我々には無いのですから。まずは近くの味方の救護から始めるのは至極当然の話です」
クラウディアが顔を上げる。
「……では」
「ですが、それが唯一の正解だったとまでは言い切れません」
レオンハルトは静かに続けた。
「…………」
「我々には我々の責務がありました。共和国には共和国の誓いがあった。神聖国には神聖国の判断があったのでしょう」
彼は地図の北側へ指を置いた。
「そして、彼らは実際に勇士を救った」
その言葉に、クラウディアは黙った。
「結果として、我々は多くの負傷者を救いました。しかし、あの少年を救ったのは共和国と神聖国だった。少なくとも、彼らにとっては、誰が駆けつけてくれたのかという事実が何より大切なのでしょう」
「……ええ」
レオンハルトは頷く。
「今夜の一件で、私はひとつ理解しました」
「……何をです?」
リディアが尋ねる。
「同じ戦場に立っていたからといって、同じものを見ていたとは限らないということです」
レオンハルトは、少しだけ笑った。
「我々にとっては、西側防衛区域を守り切ることが最優先でした。しかし共和国の方々にとっては、|《戦士の咆哮》《バトルクライ》を使った勇士を救うことが、それと同じくらい重要だった」
卓上の地図を見つめる。
「そして、彼らには我々がその声を無視したように見えた」
ミレイユは俯いた。
リディアも、静かに聞いていた。
「難しいですわね、片方をとれば片方が手から零れ落ちてしまう。唯一の万事解決の正解が、共和国が重きを置く文化だったんですから」
エリシアが呟いた。
「ええ、本当に難しい」
レオンハルトは頷いた。
「……レオンハルト様、ひとつ気になることがあります」
クラウディアが顔を上げた。
「何でしょう」
「今夜のことは、今後の各国間の関係にも影響するのではありませんか?」
その問いに、レオンハルトは困ったように笑う。
「……ええ。その可能性はあるでしょうね」
「共和国の生徒たちは、我々に対して明らかに不信感を抱いています。神聖国も、結果的には共和国側に立つ形となりました」
「……セレスティア様のことですか?」
リディアが尋ねる。
「ええ」
クラウディアは頷いた。
「もちろん、聖女様に他意はなかったのでしょう。ですが、あの場で彼女が誰を庇い、誰に退くよう求めたのか。それを共和国の生徒たちは見ていました」
「……なるほど」
エリシアが、小さく頷いた。
「確かに、あの方々にとっては、神聖国への信頼が増す出来事だったでしょうね」
「その反対に、我々への評価は下がった」
クラウディアは悔しそうに唇を噛んだ。
「……一夜の戦いで、これほど明確な差が生まれるとは」
レオンハルトは、その言葉を否定しなかった。
士官学園は、四大国家の将来を担う者たちが集まる場所である。
ここで結ばれた友誼が、十年後、二十年後の国家間の関係を左右することもあるだろう。
そして今夜、共和国と神聖国の生徒たちは、共に一人の勇士を救い、同じ宴で杯を交わしていた。
一方、帝国と王国の生徒たちは、その輪に加わることさえ許されなかった。
その違いは、決して小さなものではない。
「……後れを取りましたね」
レオンハルトが呟いた。
その声には、悔しさがあった。
「戦場での判断は間違っていなかったとしても、あの場で生まれた繋がりには、我々は加わることができなかった」
「……はい」
クラウディアが答える。
「しかも、共和国にとっては非常に大きな意味を持つ出来事だったのですわね」
「そうですね《戦士の咆哮》を使った者が生還し、その救援に共和国と神聖国の生徒たちが参加した。おそらく、この話は今後も長く語られることになるでしょう」
エリシアが、静かに茶杯を置いた。
「……でしたら、兄上。今度お会いするときには、もう少し違う形でお話しできるとよろしいですね」
レオンハルトは妹を見た。
「……ええ、そう願っています」
彼は小さく笑った。
「いっそお嫁に行こうかしら。戦場を一変させる優秀な兵士なのであれば、いずれ叙勲の芽も……」
「ダメ」
エリシアは茶器から口を離し、兄を見据える。
クラウディアはまた悪い癖が出たといわんばかりに頭を抱えた。
「エリシアの結婚相手は私が見定めます、私は彼のことをよく知らないのでダメです」
「帝冠七家、クラウンベルクの跡取りともあろうお方が……兄上がそんなだから私はいつも壁の花です。あーあ……14にもなるのに、ダンスひとつ踊らせてもらえないなんて」
エリシアはわざとらしく大きなため息をつく。
「ダメ」
「レオンハルト様……」
クラウディアはあきれたように自らがいずれ戴く主君を見据える。
「絶対ダメ、嫌です」
「あーあーあー」




