幕間
五人が西側防衛区域へ戻った頃には、夜もすっかり更けていた。
昨夜まで帝国と王国の混成部隊が魔物を迎え撃っていた場所には、仮設の救護所が設けられている。並べられた天幕からは薬草の匂いが漂い、入口では兵士たちが交代で警備に当たっていた。
負傷者の大半は中央拠点へ移送されていたが、まだ動かせない者も残されている。
「レオンハルト様!」
五人の姿に気づいた帝国の兵士が、慌てて敬礼した。
「お戻りでしたか」
「ええ。何か変わったことは?」
「特には。負傷者の容体も落ち着いております。ただ、先ほど王国の生徒が一人、熱を出しまして」
「そうですか。医師には?」
「すでに診察を受けています」
「わかりました。何かあれば、すぐに知らせてください」
「はっ!」
兵士が持ち場へ戻る。
レオンハルトは救護所を見渡した。
天幕の外では、王国の生徒が二人、疲れ切った様子で腰を下ろしている。どちらも昨夜の戦闘で負傷していたが、比較的軽傷だったため、今日も救護活動を手伝っていた。
そのうちの一人が、リディアに気づいた。
「あっ、リディア様!」
「……お疲れさまです。具合はいかがですか?」
「ええ、もう大丈夫です。おかげさまで」
生徒は笑った。
「昨日は本当にありがとうございました。リディア様が来てくださらなかったら、私たちはあの場所から動けなかったと思います」
「……いいえ、当然のことをしたまでです」
リディアは首を振った。
「それでも、助かりました」
生徒は、深々と頭を下げた。
リディアは静かにそれを受け止めた。
傍らのミレイユが、少しだけ笑う。
「よかったですね、二人とも。明日には学園へ帰れるそうですよ」
「はい! 早く帰って寝たいです」
「ふふっ。私もです」
そんな他愛のない話をしてから、二人の生徒と別れた。
その背中が天幕の中へ消えたところで、リディアが口を開いた。
「……あの方々は、助かったのですね」
「はい、よかったです」
ミレイユが頷いた。
「よかったです」
「……ええ。本当に」
リディアは安堵したように微笑んだ、ただ、その笑みにはどこか複雑なものがあった。
あの場で、自分たちがしたことは間違いではなかった。
そう思っている。
けれど、共和国の熊人たちの言葉もまた事実だった。
あの勇士のもとへは、誰一人として向かわなかった。
正しいことをした、それなのに何かを取りこぼしたような感覚が消えない。
「……難しいものですね」
リディアが呟いた。
「何がですか?」
ミレイユが尋ねる。
「いえ……」
リディアは少し考えた。
「私たちは、あの場で最善を尽くしたつもりでした。けれど、あの方々にとっては、それでも足りなかったのでしょう」
ミレイユは胸の前で手を握りしめ黙っていた。
「何を守り、何を優先するのか。私たちはその選択を迫られたのですね」
「……そうですね」
「そして選ばなかったものが残った」
「……」
「先ほどあなたは、もしもあの場にいたのが彼ではなく私だったらと話しました」
「はい……」
「私も、あなたのために走りたく思います。そうできればどれほど嬉しいでしょうか……」
リディアは困ったように笑った。
ミレイユには理解できた。
しがない下級騎士の家系の自分、王国の侯爵として振舞うことに縛られたリディア。
その言葉が意味することを理解したミレイユは、胸にこみあげてくるものを感じた。
リディアは、それ以上何も言わなかった。
もう何も言うな。
その表情は言葉無くそう語っていた。




