幕間 正当たる選択
救うべき命があった
守るべき場所があった
だから、私は正しかった
あの日、あの場所に
大切な誰かがいたとしても
私は同じ道を選ぶだろう
共和国の宴から離れても、歌声はしばらく聞こえていた。
夜の森に響く、賑やかな笑い声。杯を打ち鳴らす音。誰かが歌い始めれば、それに応えるように幾つもの声が重なる。
レオンハルト・フォン・クラウンベルクは、一度だけ背後を振り返った。
木々の向こうには、まだ宴の明かりが見えている。
その宴の中央に横たわっていた少年の姿を思い出した。
包帯だらけの身体に、血の気のない顔。自分たちとそう歳の変わらない、平民課程の生徒だった。
トーマ。
そういう名前だったはずだ。
「……まったく随分な歓迎でしたわね。こちらは礼を尽くしたというのに、まるで罪人でも相手にするような態度でしたわ」
隣を歩くクラウディアが、吐き捨てるように言った。
「クラウディア、そう怒らないでください」
レオンハルトが穏やかに言う。
「怒りもしますわ。あの方々は、我々が昨夜どれほどの負傷者を救ったのか、ご存じないのでしょう?」
「そうでしょうね」
「でしたら、あのように一方的に責められる謂われはありませんわ。しかも、我々の事情を説明しても聞く耳を持たない。感情ばかりが先に立って、まるで議論になりませんでした」
クラウディアは不満そうに腕を組んだ。
「……そうですね」
エリシアが静かに答えた。
彼女は兄の少し後ろを歩きながら、足元のへ視線を落としている。
「でも、そもそもあの方々にとっては議論する必要もなかったのでしょうね」
「どういう意味ですの?」
「答えは最初から決まっていた、ということです」
クラウディアは眉を寄せた。
エリシアは顔を上げ、穏やかに続けた。
「あの方々は、私たちの判断が正しかったのかを確かめたかったわけではないのでしょう。ただ、ひとえにあのトーマという方を守りたかった。それだけのことだと思います」
「……それは、理解できますけれど」
「でしたら、今夜はそれでよいのではありませんか?私たちも、無理にお会いする必要はなかったのですから」
エリシアはそう言ってほほ笑む。
クラウディアは何か言い返そうとしたが、結局口を閉じた。
その横で、ミレイユが難しい顔をしていた。
彼女は先ほどから、ほとんど喋っていない。
普段なら真っ先に自分の意見を口にする少女が、珍しく考え込んでいる。
「……ミレイユ?どうかしましたか?」
それを不思議に思ったリディアが声をかけた。
「……いえ、少し考えていました」
ミレイユは首を振った。
「何をです?」
「あの、熊人の方が言っていたことです」
彼女は、少しだけ言いにくそうに続けた。
「……一人も来なかった、って。私たち、本当に一人も行かなかったんですよね」
「……ええ、ですが我々の助けを求める人たちがいました」
リディアが答えた。
「わかっています」
ミレイユは頷いた。
「私も、あのときの判断が間違っていたとは思いません。実際、私たちが残っていなければ、助からなかった方もいたでしょうから」
「……そうですわミレイ。その通りです」
クラウディアが強く頷く。
「でも……」
ミレイユは、一度言葉を切った。
「もし、あそこにいたのが私の知っている人だったら、どうしただろうって。例えば、リディア様だったら」
「私ですか?」
「はい。リディア様が一人で魔物を引き受けていると聞いたら、私はどうしたって助けに行こうとしたと思うんです」
ミレイユは、自分の拳を見つめた。
「持ち場を離れるのが間違いだってわかっていても、きっとそうしたと思います」
「……ミレイユ」
「でも、昨日は行かなかった」
ミレイユは、静かに続けた。
「知らない人だったから、なんでしょうか」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。




