第七章
五人の姿が見えなくなると、共和国の生徒たちの間からもようやく緊張が解けていった。
「気に食わねえ」
ガンズは腕を組みなおし、不服そうに言う。
「まあまあ……もう終わったんすから」
「終わってねえよ、俺は、納得してねえ」
「……っすねえ」
カイルも、それ以上は何も言わなかった。そのとき、セレスティアが口を開いた。
「皆様」
共和国の生徒たちが振り返る。
「今夜は、勇士様のための宴なのでしょう?」
「……ああ」
ガンズが頷いた。
「でしたら、そろそろ宴に戻りませんか?せっかくのお料理も冷めてしまいますし」
ガンズは目を瞬かせた。
「……聖女様」
「はい?」
「あんた、本当に変わった人だな」
「そうでしょうか?」
セレスティアは不思議そうに首を傾げた。
その隣で、フィオナが勢いよく頷く。
「そうなんですよ!セレスティア様って、普段はとってもお上品なんですけど、意外と変わったところがあって!この前なんか――」
「フィオナ」
「はい!」
「そのお話は、また今度にしましょうね」
「……あっ!ごめんなさい」
フィオナは慌てて口を押さえた。ガンズが声を上げて笑った。
「がっはっはっは!なんだ、面白いお嬢さんたちじゃねえか!」
ゴンズも、堪えきれずに笑っている。
誰かが杯を掲げた。それに応えるように、別の誰かが歌い始める。止まっていた宴が、少しずつ動き出した。
「ところで」
セレスティアが小さく口を開いた。
「先ほどから、とてもいい香りがしているのですが」
ガンズが首を傾げる。
「……ん?」
「あちらの肉の煮込みは、まだ残っておりますか?」
「煮込み?」
「ええ。実は朝から忙しくて、ほとんど何も食べられていないのです」
セレスティアは、恥ずかしそうに微笑んだ。ガンズとゴンズは顔を見合わせた。
「だっはっはっは!」
再び豪快な笑い声が上がった。
「聖女様!もちろんあるぜ!腹いっぱい食っていってくれ!」
「まあ、嬉しい。ありがとうございます」
セレスティアは上品に頭を下げた。
そうして、フィオナと共に宴の中心へ戻っていった。
「……おや」
戻ってきたセレスティアは、トーマの傍らで足を止めた。
「トーマさん、お加減はいかがですか?」
「ん……だいじょぶです」
トーマは返事をしながら薄く目を開けた。
「まあ、それはよかったです」
セレスティアは微笑むと、その額へ手を添えた。
淡い光が灯る。
しばらく様子を診てから、小さく頷いた。
「回復は順調ですね。でも無理は禁物ですよ」
「……おう……」
トーマは素直に頷いた。
それを見ていたマシューが、呆れたように息を吐く。
「この人、さっきも起き上がろうとしたんですよ」
「まあ、いけない人。今夜はしっかり休んでくださいね」
「……はい……」
「返事だけでは駄目ですよ?」
「……はぁい……」
その気の抜けた返事に、周囲から小さな笑い声が上がった。
「ふふっ。よろしい」
セレスティアも笑う。それから、マシューへ向き直った。
「こちらの方が、付き添いの魔導士様ですね?」
「はい。マシューといいます」
「セレスティア・ルーメンハルトです。昨夜は本当にお疲れさまでした」
「いえ、僕は……何もできませんでしたから」
マシューは少し俯いた。
そんなマシューの言葉に、セレスティアは首を振った。
「いいえ、彼が目を覚ましたとき、傍にいて差し上げられたのでしょう?それだけでも、十分に心強かったと思いますよ」
マシューは何も答えなかった。
ただ、隣で眠るトーマへ視線を落とした。そのときだった。
「――あの!トーマ様!」
フィオナが勢いよく身を乗り出した。
「昨日は本当にありがとうございました!私、フィオナ・エル・セラフィスと申します!あの《天上の慈雨》を使った者なんですけど、正確にはセレスティア様に補助していただいて、ようやく発動できたというか、まだ私一人では上級魔法なんてとても無理で、でもトーマ様があれだけ頑張ってくださったので、どうしても助けたくて!」
「……ふぃ……おな……?」
トーマがぼんやりと呟いた。
「はい!フィオナです!」
「……そっか……ありがとな」
トーマは小さく笑った。
「!」
フィオナの表情が、ぱっと明るくなった。
「い、いえ!こちらこそ本当にありがとうございました!トーマ様が魔物を引きつけてくださらなかったら、私たちも魔法を完成させることができなかったと思うんです!それに共和国の皆さんが駆けつけてくださって、神聖国の騎士たちも救援に向かって、それでようやく反撃できたんですから!」
「……おう……」
「だから皆さんのおかげではあるんですけど、やっぱりトーマ様が最初に――」
「……フィオナ」
「はい!」
セレスティアが、にっこりと微笑んだ。
「トーマさん、また眠ってしまわれましたよ」
「……あっ!ごめんなさい」
フィオナは慌てて口を押さえた。
「ご、ごめんなさい!私普段はこんなに話さないんですけど!」
トーマはすでに静かな寝息を立てていた。その様子に、カイルが吹き出した。
「いやあ、フィオナさん。すげえっすね!」
「え?」
「俺っちより喋る人、初めて見たっすよ」
「そ、そんなことありません!私、普段はもっと落ち着いているんですよ!本当に!ただ今日は色々なことがあったので、つい……!」
「なるほどぅ、それであの調子っすか」
カイルは、にやりと笑った。
「もう!からかわないでください!」
フィオナが恥ずかしそうに反論する。
再び笑い声が上がった。
「……ところで、こちらいただいてもよろしいですか?」
彼女は目の前に並べられた料理を眺めた。
「どうぞどうぞ!共和国の料理っす!ちょっと味が濃いかもしれねえっすけど」
カイルが大皿を差し出した。
「ありがとうございます」
セレスティアは丁寧に礼を述べると、煮込まれた肉を一切れ口へ運んだ。ゆっくりと咀嚼する。
「……美味しい、もう少しいただいても?」
満足そうな笑みが浮かんだ。
「もちろんっす!」
続いて二切れ目、三切れ目。
野菜の煮込みにも手を伸ばし、パンまで取り分けている。その所作は、驚くほど上品だった。背筋を伸ばし、器を持ち、口元へ運ぶ動作にも隙がない。ただし、食べる量はなかなかのものだった。
「あの、セレスティア様?」
マシューは、口を開いた。
「……ん゛ん゛何でしょうマシューさん?」
「随分と、召し上がるんですね」
「そうでしょうか?」
彼女の前には、すでに空になった皿が三枚並んでいた。
「ええとぉ」
マシューが返答に困っていると、フィオナが勢いよく頷いた。
「そうなんですよ!セレスティア様って、普段はあまり召し上がらないように見えるんですけど、実はとっても食べるんです!特に魔法をたくさん使った後なんかは、もうすごくて!でも食べ過ぎて最近……」
「フィオナ」
「はい!」
「それ以上は、少し恥ずかしいです」
「……あっ!ごめんなさい」
フィオナは慌てて口を押さえた。しかし、セレスティアは怒るでもなく、穏やかに微笑んでいる。
「……まあ、事実ではありますが」
そう言って、四枚目の皿を手に取った。カイルが堪えきれずに吹き出す。
「何か?」
「い、いや!何でもねえっす!」
セレスティアは不思議そうにカイルを見たが、それ以上は気にせず食事を続けた。その姿を見ながら、シャルロッテが小さく呟く。
「……聖女様って、案外おもろい人なんやなぁ」
「……っすねえ」
カイルも、笑いながら頷いた。




