第七章
「あなた方のおっしゃることは理解しました」
レオンハルトが、口を開いた。その声に、ガンズが顔を向ける。
「しかし、我々の判断について、今も誤りだったとは考えておりません」
ガンズは黙っていた。
「我々には我々の守るべき命がありました。あのとき戦力を動かしていれば、救えなかった者もいたでしょう。ですからその判断について軽々しく謝罪することはできません」
言葉遣いは丁寧だったが、その態度に卑屈なところはなかった。
「ただし、あなた方の言う勇士が命を懸けて我々を救ってくださったことには、心から感謝しております。その気持ちだけは、お伝えしたいのです」
ガンズは、しばらくレオンハルトを見つめていた。やがて、首を振った。
「……帰れ」
それだけだった。
「お待ちください」
リディアが一歩前へ出た。
「せめて、勇士のご容体だけでも教えていただけませんか」
「いい加減にしろよ?俺たちは、あんたらを通す気はねえって言ってんだよ」
ゴンズがイライラとした様子で低くうなる。
その巨体が、リディアの目の前へ迫る。だが、リディアも退かなかった。
「私たちには、感謝を伝えることすら許されないのですか?」
「……許す?許すだと?じゃあ、力ずくで通るってのか?」
ゴンズの目がスッと細くなる。
周囲の空気が変わる。
共和国の生徒たちが身構え、帝国と王国の五人も姿勢を正す。
クラウディアの手が、無意識に腰の剣へ伸びた。リディアもまた、足を半歩引いている。誰も武器を抜いてはいない。
けれど、次に誰かが声を荒らげれば、それだけで事態が動きかねなかった。
「――ゴンズ!落ち着くっす!」
その時、人ごみの向こうからカイルの声が届く。
彼は生徒たちの間を抜けゴンズの前に出た、後ろにはシャルロッテも続いている。
「何だ、ヴォルフグラン」
「何だじゃねえっすよ。せっかくの宴で喧嘩なんかしたら、勇士殿に申し訳ねえじゃねえっすか!」
「……うるせえよ、俺はなあんなに必死に戦った奴が、死ぬところだったのを見てるんだよ!お前だって見てるだろうが!」
「わかってるっす!」
「だったら、何でこいつらの肩を持つ!」
「持ってねえっすよ!」
カイルも、声を荒らげた。
「俺っちだって腹は立ってるっす!けど、ここで喧嘩したってしょうがねえじゃねえっすか!」
「……もう、どいつもこいつも!」
シャルロッテが両手を腰に当てた。
「ちょっと落ち着きぃな。勇士の宴やろ?」
それから五人へ向き直る。
「なあ、あんたら。うちらも別に、あんたらが何もしてへんかったとは思うてないんよ」
リディアが小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「負傷者がぎょうさんおったんやろ?そら助けなあかんわな。傷ついた同胞を背にほかの国の奴らを助けに行くんは筋が通らん、わかるで?……でもな、あの子、ほんまに死にかけとったんよ」
「それは……聞き及んでおります」
リディアは申し訳なさそうに視線を伏せる
「うちらが着いたとき、もうふらふらやった。それでも逃げへんかった。最後なんか『死ぬわ、これ』言うて、そのまま倒れてもうたんやで?」
「そんな状態で戦っていたのですか?」
ミレイユが驚きながら呟いた。
「せや。うちが受け止めへんかったら、地面に頭から倒れとったわせやから、今くらい休ませてあげてほしいんよ」
シャルロッテは宴の中心に視線を一度移し、もう一度五人を見た。
レオンハルトは考え込むように目を伏せた。だが、クラウディアは納得できない様子だった。
「でしたら、なおさら。我々にも、直接お礼を申し上げる機会をいただけませんこと?何もだらだらと長話をする気はありませんわ」
ガンズの眉が寄る。
「……お前、まだ言うのか」
「感謝を伝えることすら拒まれるというのは、あまりにも一方的ではありませんか?という話をしているんですの」
クラウディアは毅然と答えた。
「貴方がたには貴方がたの考えがあるでしょう。しかし、我々にも責務がありました。その事情を顧みず、ただ来なかったという一点だけで拒絶されるのは納得しかねます」
「だったら、通ってみろよ」
ゴンズが一歩前へ出た。その巨体が、クラウディアの前に立ちはだかる。
「通りたいんだろ?通ってみろって言ってんだ」
共和国の生徒たちが、さらに前へ出た。帝国と王国の五人も、反射的に身構える。その瞬間、広場の歌声が完全に止まった。
「……おい」
宴の中心で、トーマが小さく呟いた。
「……なんか……やべえぞ……」
マシューも入口を見つめていた。人垣に隠れて全員の姿までは見えないが、険悪な雰囲気は十分に伝わってくる。
「……うん」
「……ちょっと……俺……」
トーマが毛布を押しのけ、上体を起こそうとした。
「駄目だよ!」
マシューはすぐに肩を押さえた。
「……いや……でも……」
「駄目だってば!」
「……俺の……せい……だろ……」
マシューは一瞬だけ黙った。
「……違うよ、キミのせいじゃない」
マシューは、トーマの顔を覗き込んだ。
「キミはみんなを助けようとしただけだろ?あんなになるまで戦ったのに、今度はあの人たちの喧嘩まで止めようとするの?」
トーマは何も答えなかった。代わりに、もう一度身体を起こそうとして顔を歪める。
「ほら、無理しない!」
マシューは慌てて背中を支えた。
少し動いただけで息が上がっており、どう考えても人前に出て話せる状態ではなかった。
「……もういいんだよ、今くらい、誰かに任せなよ。お願いだから」
マシューはトーマを寝かせなおした。
「……そっか……」
トーマは、しばらくマシューを見つめていた。
「……悪いな……」
「謝らなくていいってば」
困ったように笑い、毛布を掛け直す。
トーマは素直に横になったが、入口から目を離そうとはしなかった。
向こうにいる五人のことは、誰一人知らない。それでも、自分に会いに来たらしい人たちが、何かを巡って言い争っている。
できれば止めたかった。しかし、今の身体では、そこへ歩いていくことさえできない。
「けんかすんなよ……」
漏れた呟きは、入口まで届かなかった。




