第七章
「……ん?」
広場の中央で、トーマが薄く目を開けた。
何やら騒がしい。いや、もともと騒がしかったのだが、どうにも雰囲気が違う。
どこか剣呑な雰囲気を感じた。
「なんだ……?」
顔を入口へ向ける。
多くの生徒たちが立ち上がり、その向こうに見覚えのない五人の男女がいる。
「ましゅー……」
「何、トーマ?」
「……なんか……やばい……」
マシューも入口へ目を向けた。
共和国の生徒たちが、明らかに険しい表情をしている。
「何か揉めてるみたいだね」
「……あいつら……だれ……?」
「さあ。帝国と王国の人たちみたいだけど」
トーマは目を細めた。
遠くに立つ五人の顔に、見覚えはなかった。恰好を見るに、おそらく貴族課程の生徒なのだろう。
もっとも、今はそんなことを考える余裕もない。
「……けんか……か?」
「まだそこまではいってないと思うけど」
マシューの返事には、あまり自信がなかった。
その隣で、カイルが立ち上がった。
「おっと?こりゃあ、ちょっとまずいっすね」
入口の様子を見て、頭を掻く。
シャルロッテも音をよく拾えるようにか、狐耳を立てた。
「何があったん?」
「帝国と王国の連中が来たみたいっす」
「あー……空気読めっちゅうに」
シャルロッテは事情を察したらしく、顔をしかめた。
「ちょっと見てくるっす」
「うちも行くわ」
二人が席を立つと、トーマが小さく手を伸ばした。
「おい……」
カイルが振り返る。
「何すか、旦那?」
「……なんか……悪いな……」
「……へ?」
「俺の……せい……みたい……だし……」
カイルは一瞬、何を言われたのかわからないという顔をした。
それから、にっと笑った。
「何言ってんすか、旦那。俺っちなんで謝られてるかわかんねっす」
「……でも……」
「大丈夫っす。俺っちたちに任せといてください」
そう言うと、シャルロッテと共に入口へ向かっていった。トーマは、その背中をしばらく見つめていた。
「――おい、そこを開けろ」
低い声が響いた。共和国の生徒たちが左右へ道を開ける。その間から、大柄な二人の熊人が姿を現した。
ガンズ・ガルジウスとゴンズ・ガルジウス。
昨夜、カイルに勇士の捜索を命じた兄弟だった。
「何の騒ぎだ?」
兄のガンズが尋ねる。
「帝国と王国の連中が、勇士に会わせろって言うんだよ」
「ほーう」
ガンズは五人を見渡した。
「そっちが代表か?」
「ええ。レオンハルト・フォン・クラウンベルクと申します」
「名前は知ってる。帝国の貴族、名門中の名門ときた」
「……恐縮です」
「で、勇士に会いたいって?」
「はい。昨夜の戦いで、我々も大きな恩を受けました。ぜひ直接、感謝を申し上げたいと思っております」
ガンズはしばらく黙っていた。やがて、腕を組み直す。
「……あんたら、昨日の咆哮は聞こえたか?とにかくデカい叫び声だよ」
「はい。確かに聞こえていました」
「その声が聞こえた後m魔物が一斉に動き出したのも見たんだな?」
「ええ」
「そうか」
ガンズは頷いた。
「帰れ」
短い返答だった。
レオンハルトは丁寧な姿勢を決して崩さない。
「……理由を伺っても?」
「聞こえなかったのか。帰れと言ったんだ」
隣で、ゴンズが一歩前へ出た。
「あんたら、昨日どこにいた?」
「西側の防衛区域です。帝国と王国の混成部隊として、負傷者の収容と防衛線の維持にあたっていました」
リディアが答えた。
「そうか。じゃあ、聞こえてたんだよな」
「……何がでしょう?」
「何度も言わせるな、わかるはずだ」
五人は黙った。
「あの勇士が、何をしてたか知ってるか?」
返事はなかった。
「何十体もの魔物を、一人で引き受けてたんだ。剣が折れても、身体が動かなくなっても、ずっと戦ってた。俺たちが着いたときには、もう立ってるのもやっとだった」
ゴンズは、大きな拳を握りしめた。
「死にかけてたんだよ。あいつが魔物を引きつけてくれたから、逃げられた奴がいた。助かった奴がいた。あんたらの防衛線から魔物が退いたのだって、あいつのおかげだろうが」
「それは承知しております」
レオンハルトが答えた。
「だからこそ、感謝を――」
「だったら、何で来なかった?」
ガンズが遮った。
「……あの声が聞こえてたんだろ?」
「はい」
「なのに、何で来なかったんだ?」
レオンハルトはすぐには答えなかった。代わって、クラウディアが口を開いた。
「我々にも事情がありました」
「はっ、事情だぁ?」
「帝国と王国の防衛区域には、多くの負傷者が取り残されていたのです。彼らを見捨てて持ち場を離れるわけにはいきませんでした」
ガンズとゴンズは腕を組み、黙って聞いている。
「状況も把握せず、感情に任せて兵を動かせば、救える命まで失いかねません。あのときの判断は、指揮を執る者として当然だったと考えております」
「そうかそうか、それで、勇士のところには何人来たんだ?」
ガンズは頷きながら問う。
「一人か?二人か?それとも五人か?」
クラウディアは口を閉じた。ゴンズが、低く呟く。
「一人も来なかったよな」
「……お待ちください!我々も、決して何もしていなかったわけではありません!」
エリシアが遮るように声を上げる、普段の柔らかな表情は消えていた。
「負傷者を救い、防衛線を維持し、魔物の再襲撃に備えていました。その働きを、何もしていなかったかのように扱われるのは心外ですわ」
「誰も、何もしてなかったなんて言ってねぇだろ?」
ガンズは静かに答えた。
「負傷者を助けたんだろ?そいつは立派なことだ」
「でしたら――」
「だがなぁ!」
ガンズの声が少しだけ大きくなった。
「勇士のところには、誰も来なかったんだ。俺とカイルが見たとき、あいつは一人だった。周囲にはおびただしい数の魔物の死体があっただけだ!」
エリシアは言葉を失った。
「神聖国は来たぞ!騎士を寄越した!魔導士も寄越した!最後には聖女まであの大魔法を使ってくれた!」
ガンズは弟へ目を向けた。ゴンズが頷き、言葉を引き継ぐ。
「共和国も行ったぞ。一番にな、動ける奴はみんな武器を取ってあいつを助けに向かった。けど、お前らは?」
五人を見渡す。
「一兵たりとも、寄越さなかった」
沈黙が場を包んだ。
「一人でも来てりゃ、違ったんだ」
ガンズは、ゆっくりと首を振った。
「兵士でも、生徒でも、誰でもよかった。たった一人でも駆けつけてくれていれば、俺たちはあんたらを歓迎したさ。全員で笑って宴ができた!」
ガンズのその声には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「だが!一人も来なかった!」
誰も、すぐには言い返せなかった。
「お前らに俺たちの教えを押し付けるつもりはねぇが、お前たちが見て見ぬふりをした魔物の始末をつけねぇで勇士に会おうなんてのは論外なんだよ!」
ゴンズは叫ぶ、まるでそれは共和国の生徒の心を代弁するかのように、生徒たちは肯定した。




