↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/49

第七章 我等の流儀、侵すべからず


 流した涙の分だけ、飲め

 傷ついた分だけ、食え

 死者の数だけ、笑え

 嘲笑ではない

 ただその悲しみで明日が曇らぬように

 笑え、歌え、踊れ

 死者を笑顔で尊び進め

 生者には明日がある

 我等には屍を越えて進む義務があるのだ





 朝日が森を照らし始める頃、中央拠点では行方不明となった生徒たちの捜索が始まった。

 ヴァルクレイン帝国、ローデン王国、アウレリア神聖教導国、そしてグランヴェルド連邦共和国。       

 各国の生徒と随伴兵たちは混成の捜索隊を編成し、昨夜の戦闘が行われた区域へと踏み込んでいった。

 森には戦いの痕跡が生々しく残されている。


 連なる木々や生い茂る草原のどこにも戦闘の跡は見受けられ、焼け焦げた草木の間には、折れた剣や槍が持ち主を失ったまま転がっている。

 三体の死鎌《モルティス》が姿を消した方角にも警戒が向けられたが、幸いにも死鎌を含めた魔物の再襲撃は確認されなかった。


 捜索隊は倒木を乗り越え、岩陰や茂みを1つずつ確かめながら進んでいった。

 倒木の下で意識を失っていた者、岩の隙間に身を隠し、一晩中救助を待っていた者、魔力を使い果たし自力では歩くこともできなくなっていた者、生存者が見つかるたび、中央拠点へ報せが届けられた。


 しかし、喜ばしい報告ばかりではなかった。亡くなった生徒もいた。

 随伴していた兵士や騎士たちにも、少なくない犠牲が出ていた。昼を過ぎる頃には、名簿に記されたすべての生徒の所在が確認された。

 行方のわからない者は、もういない。それでも、全員が生きて帰ってきたわけではなかった。


 運び込まれた亡骸は、神聖国の聖職者たちによって丁重に安置された。傍らには、それぞれの名を記した木札が並べられている。

 友人の名を見つけその場に崩れ落ちる生徒がいた。

 何も言わず、木札の前に座り続ける者もいた。

 昨日まで隣で笑っていた者が、今日はいない。


 その事実を誰もが少しずつ受け止めていくしかなかった。

 夕刻には犠牲者への祈りが捧げられた。その場には四大国家の代表者たちも集まり、国や身分の違いを問わず、皆が頭を垂れた。


 やがて祈りが終わり、空が茜色に染まり始めた頃。中央拠点の一角から、賑やかな声が聞こえてきた。




「おーい!そっちの鍋、もう煮えたか!」

「まだだ!肉が硬え!」

「だったらもっと煮込め!」

「おい、誰だ!つまみ食いした奴は!」

「俺じゃねえぞ!」

「まだお前だなんて言ってねえだろ!」

 グランヴェルド連邦共和国の生徒たちによる、盛大な宴が始まっていた。

 広場にはいくつもの焚き火が設けられ、大鍋では肉と野菜が煮込まれている。串に刺した肉が香ばしい匂いを漂わせ、木卓にはパンや果実、温かなスープが並べられていた。


 共和国だけで準備したわけではない。神聖国からも食料が提供され、炊事担当の兵士たちが料理を手伝っていた。広場の警備や負傷者の看護には交代で人員が残されており、誰もが宴に参加しているわけではなかった。


 それにしても、両国の生徒たちの様子には随分と違いがある。共和国の者たちは肩を組み、大声で笑い、隙あらば杯を掲げる。一方、神聖国の生徒や騎士たちは、長椅子に腰掛けて比較的静かに食事を楽しんでいた。時折、共和国の豪快な振る舞いに目を丸くしている。

 そして広場の中央では、今回の宴の主役が毛布の上に横たわっていた。

「――さあさあ、勇士殿!もう一杯っす!」

 トーマが薄く目を開けた。その目の前で、狼人の少年が木杯を掲げている。カイル・ヴォルフグランだった。

「……なにこれ?」

「果実水っすよ!共和国じゃ宴に欠かせねえ飲み物っす!」

「……うたげ……?」

「そうっす。旦那のための宴っすよ!」

「……だんな……?」

 トーマは、さっぱり理解できないといった顔をした。

 昨夜遅くにようやく意識を取り戻したものの、回復はまだ十分ではない。呼びかけには反応するし、短い会話もできるが、すぐに疲れて目を閉じてしまう。

 身体を起こすことも難しく、食事はもちろん、水分を取るにも誰かの手を借りる必要があった。

「……カイル」

 隣から不機嫌そうな声が飛んだ。

「トーマを無理に起こさないでよ」

 マシューだった。トーマの傍らに腰を下ろし、ずり落ちた毛布を掛け直している。

「いやいや、ちゃんと飲ませないと駄目っすよ。さっきから全然飲んでねえんすから」

「だから、僕が飲ませるって言ってるじゃないか!」

「あ、サーセン」 

 カイルはあっさり杯を差し出した。

「まったく……」

 マシューは杯を受け取ると、トーマの後頭部へそっと手を差し入れた。

「ほら、トーマ。少しだけ飲もう」

「……ん……」

「ゆっくりでいいからね」

 トーマは言われるまま果実水を口に含んだ。

 二口ほど飲んだところで顔を背けたので、マシューは無理をさせずに杯を下ろす。

「もういいの?」

「おう……」

 そう答えると、トーマは再び目を閉じてしまった。マシューは小さく息を吐き、頭を枕へ戻してやった。その一部始終を、シャルロッテ・フォックスウェルが眺めていた。

「……なあ」

「何さ」

「さっきから思うてたんやけど……キミら、ほんまにどういう関係なん?」

 シャルロッテは、にやりと笑った。

 マシューの手が止まる。

「なぁなぁどういう関係なん?」

「……どういう意味?」

「いや、友達なんやろ?」

「そうだけど」

「ふぅん?」

「何さ、その顔」

「別にぃ。ただの友達にしては、えらい世話焼くんやなぁ思うて。かいがいしぃなぁー思うて」

「トーマは怪我人なんだよ!世話するのは当たり前だろ!」

「そら、そうやけどなぁー昨日もうちの膝から、ものすごい勢いで引き取っていったやん?」

 シャルロッテは、わざとらしく首を傾げた。

 マシューの耳が真っ赤に染まる。

「そ、それは!」

「それは?」

「あれは、その……!」

 言葉が続かない。シャルロッテはますます楽しそうに笑った。

「へえ?」

「もう!キミ、ほんと意地悪だね!」

「あはは!堪忍、堪忍!」

 隣では、カイルが腹を抱えていた。

「ぶははっ!シャル、そろそろやめてやるっすよ!」

「なんや、カイル。うちは普通に聞いとるだけやで?」

「その顔で言われても説得力ねえっす!」

「うるさいなぁ!そもそも、キミたちだって随分仲がいいじゃないか!」

「……俺っちたち?」

「そうだよ!さっきから息もぴったりだし!」

 二人は顔を見合わせた。それから、揃って笑い出した。

「なんだよ!」

「いやいや、すまんすまん!うちら幼馴染やねん」

シャルロッテは目尻を拭った。

「……幼馴染?」

「そうっすよ。物心ついた頃からの腐れ縁っす。こいつ、昔っから口うるさくてねえ」

「誰が口うるさいねん!」

「ほら、こういうところっす!」

 また笑い声が上がった。マシューは呆れたように息を吐き、トーマへ視線を戻した。当の本人はというと。

「はれへった……」

 何やら呟いていた。

「……え?」

 マシューが顔を近づける。

 「何、トーマ?」

 「……しちゅー……うまかった……」

 マシューは、しばらくぽかんとしていた。そして、笑ってしまった。

 「キミというやつは、こんなときまで、食べ物のことなんだね」

 トーマの髪をそっと撫でる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。