第七章 我等の流儀、侵すべからず
流した涙の分だけ、飲め
傷ついた分だけ、食え
死者の数だけ、笑え
嘲笑ではない
ただその悲しみで明日が曇らぬように
笑え、歌え、踊れ
死者を笑顔で尊び進め
生者には明日がある
我等には屍を越えて進む義務があるのだ
朝日が森を照らし始める頃、中央拠点では行方不明となった生徒たちの捜索が始まった。
ヴァルクレイン帝国、ローデン王国、アウレリア神聖教導国、そしてグランヴェルド連邦共和国。
各国の生徒と随伴兵たちは混成の捜索隊を編成し、昨夜の戦闘が行われた区域へと踏み込んでいった。
森には戦いの痕跡が生々しく残されている。
連なる木々や生い茂る草原のどこにも戦闘の跡は見受けられ、焼け焦げた草木の間には、折れた剣や槍が持ち主を失ったまま転がっている。
三体の死鎌が姿を消した方角にも警戒が向けられたが、幸いにも死鎌を含めた魔物の再襲撃は確認されなかった。
捜索隊は倒木を乗り越え、岩陰や茂みを1つずつ確かめながら進んでいった。
倒木の下で意識を失っていた者、岩の隙間に身を隠し、一晩中救助を待っていた者、魔力を使い果たし自力では歩くこともできなくなっていた者、生存者が見つかるたび、中央拠点へ報せが届けられた。
しかし、喜ばしい報告ばかりではなかった。亡くなった生徒もいた。
随伴していた兵士や騎士たちにも、少なくない犠牲が出ていた。昼を過ぎる頃には、名簿に記されたすべての生徒の所在が確認された。
行方のわからない者は、もういない。それでも、全員が生きて帰ってきたわけではなかった。
運び込まれた亡骸は、神聖国の聖職者たちによって丁重に安置された。傍らには、それぞれの名を記した木札が並べられている。
友人の名を見つけその場に崩れ落ちる生徒がいた。
何も言わず、木札の前に座り続ける者もいた。
昨日まで隣で笑っていた者が、今日はいない。
その事実を誰もが少しずつ受け止めていくしかなかった。
夕刻には犠牲者への祈りが捧げられた。その場には四大国家の代表者たちも集まり、国や身分の違いを問わず、皆が頭を垂れた。
やがて祈りが終わり、空が茜色に染まり始めた頃。中央拠点の一角から、賑やかな声が聞こえてきた。
「おーい!そっちの鍋、もう煮えたか!」
「まだだ!肉が硬え!」
「だったらもっと煮込め!」
「おい、誰だ!つまみ食いした奴は!」
「俺じゃねえぞ!」
「まだお前だなんて言ってねえだろ!」
グランヴェルド連邦共和国の生徒たちによる、盛大な宴が始まっていた。
広場にはいくつもの焚き火が設けられ、大鍋では肉と野菜が煮込まれている。串に刺した肉が香ばしい匂いを漂わせ、木卓にはパンや果実、温かなスープが並べられていた。
共和国だけで準備したわけではない。神聖国からも食料が提供され、炊事担当の兵士たちが料理を手伝っていた。広場の警備や負傷者の看護には交代で人員が残されており、誰もが宴に参加しているわけではなかった。
それにしても、両国の生徒たちの様子には随分と違いがある。共和国の者たちは肩を組み、大声で笑い、隙あらば杯を掲げる。一方、神聖国の生徒や騎士たちは、長椅子に腰掛けて比較的静かに食事を楽しんでいた。時折、共和国の豪快な振る舞いに目を丸くしている。
そして広場の中央では、今回の宴の主役が毛布の上に横たわっていた。
「――さあさあ、勇士殿!もう一杯っす!」
トーマが薄く目を開けた。その目の前で、狼人の少年が木杯を掲げている。カイル・ヴォルフグランだった。
「……なにこれ?」
「果実水っすよ!共和国じゃ宴に欠かせねえ飲み物っす!」
「……うたげ……?」
「そうっす。旦那のための宴っすよ!」
「……だんな……?」
トーマは、さっぱり理解できないといった顔をした。
昨夜遅くにようやく意識を取り戻したものの、回復はまだ十分ではない。呼びかけには反応するし、短い会話もできるが、すぐに疲れて目を閉じてしまう。
身体を起こすことも難しく、食事はもちろん、水分を取るにも誰かの手を借りる必要があった。
「……カイル」
隣から不機嫌そうな声が飛んだ。
「トーマを無理に起こさないでよ」
マシューだった。トーマの傍らに腰を下ろし、ずり落ちた毛布を掛け直している。
「いやいや、ちゃんと飲ませないと駄目っすよ。さっきから全然飲んでねえんすから」
「だから、僕が飲ませるって言ってるじゃないか!」
「あ、サーセン」
カイルはあっさり杯を差し出した。
「まったく……」
マシューは杯を受け取ると、トーマの後頭部へそっと手を差し入れた。
「ほら、トーマ。少しだけ飲もう」
「……ん……」
「ゆっくりでいいからね」
トーマは言われるまま果実水を口に含んだ。
二口ほど飲んだところで顔を背けたので、マシューは無理をさせずに杯を下ろす。
「もういいの?」
「おう……」
そう答えると、トーマは再び目を閉じてしまった。マシューは小さく息を吐き、頭を枕へ戻してやった。その一部始終を、シャルロッテ・フォックスウェルが眺めていた。
「……なあ」
「何さ」
「さっきから思うてたんやけど……キミら、ほんまにどういう関係なん?」
シャルロッテは、にやりと笑った。
マシューの手が止まる。
「なぁなぁどういう関係なん?」
「……どういう意味?」
「いや、友達なんやろ?」
「そうだけど」
「ふぅん?」
「何さ、その顔」
「別にぃ。ただの友達にしては、えらい世話焼くんやなぁ思うて。かいがいしぃなぁー思うて」
「トーマは怪我人なんだよ!世話するのは当たり前だろ!」
「そら、そうやけどなぁー昨日もうちの膝から、ものすごい勢いで引き取っていったやん?」
シャルロッテは、わざとらしく首を傾げた。
マシューの耳が真っ赤に染まる。
「そ、それは!」
「それは?」
「あれは、その……!」
言葉が続かない。シャルロッテはますます楽しそうに笑った。
「へえ?」
「もう!キミ、ほんと意地悪だね!」
「あはは!堪忍、堪忍!」
隣では、カイルが腹を抱えていた。
「ぶははっ!シャル、そろそろやめてやるっすよ!」
「なんや、カイル。うちは普通に聞いとるだけやで?」
「その顔で言われても説得力ねえっす!」
「うるさいなぁ!そもそも、キミたちだって随分仲がいいじゃないか!」
「……俺っちたち?」
「そうだよ!さっきから息もぴったりだし!」
二人は顔を見合わせた。それから、揃って笑い出した。
「なんだよ!」
「いやいや、すまんすまん!うちら幼馴染やねん」
シャルロッテは目尻を拭った。
「……幼馴染?」
「そうっすよ。物心ついた頃からの腐れ縁っす。こいつ、昔っから口うるさくてねえ」
「誰が口うるさいねん!」
「ほら、こういうところっす!」
また笑い声が上がった。マシューは呆れたように息を吐き、トーマへ視線を戻した。当の本人はというと。
「はれへった……」
何やら呟いていた。
「……え?」
マシューが顔を近づける。
「何、トーマ?」
「……しちゅー……うまかった……」
マシューは、しばらくぽかんとしていた。そして、笑ってしまった。
「キミというやつは、こんなときまで、食べ物のことなんだね」
トーマの髪をそっと撫でる。




