幕間
「俺は幸せだったぜ。美味え酒を飲んで、仲間と笑って、戦って、また酒を飲む。そんな人生だったからな」
「楽しかった?」
「ああ、最高だった。ただ、もう少し長生きしてもよかったかもしれねえな」
「私は……そうね、後悔はあるわ。でも、幸せだったと思う」
「どうして?」
「守れた人たちがいたからよ。それに、私は自分の選んだ道を歩いたもの」
「儂は、難しいのう」
「……お爺ちゃんでも?」
「うむ、知りたいことを知り、学びたいことを学んだ。随分と好き勝手に生きたものじゃ」
「……うん」
「じゃが、そのせいで傷つけた者もおる。もう少し、違う生き方ができたのではないかと思うこともある」
「我はわからん」
「わからないの?」
「我の人生には戦いが多すぎた、守るべき者がいた、果たすべき誓いがあった、そのために戦い続けた」
「……うん」
「それを不幸だったとは思わない。だが、幸せとは何だったのか。千年の時を経た今でも、答えられぬのだ」
「じゃあさ、僕が幸せになったら、みんなも嬉しい?」
「当たり前だろうが!」
「ほっほ。それは嬉しいじゃろうな」
「ええ。とっても嬉しいわ」
「……それを、願っている」
「じゃあ、約束だね」
「……約束?」
「うん、僕幸せになるよ」
『……トーマ』
『……ねえ、トーマ』
「……あら」
「……おいおい、もうお迎えかよ」
「どうやら、あの娘が呼んでおるようじゃな」
「……誰が?」
「……さあ?でも、随分と心配しているみたいね」
『……お願いだから』
『……ちゃんと帰ってきてよ』
「泣いてる?」
「……そうね」
「……あの人、泣かせちゃったんだ」
「そうみたいね」
「……じゃあ、帰らなきゃ」
「おう。そうだな」
「待っている者がいるのなら、帰らねばならん」
「ほっほ。よい心掛けじゃ」
「さあ、行きましょうか」
「……うん!」
その瞬間、白い空間に柔らかな風が吹いた。
石畳が光の粒となって崩れ、遠くの石柱が霞んでいく。
少年の姿も、少しずつ薄れていった。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「……なあに?」
「また、会える?」
「ええ。きっとね」
「……約束?」
「約束よ」
彼は、安心したように笑った。
そして、その姿が光の中へ消えていった。
「……さてと」
「どうしたの?」
「いやあ、次に会うときまでには、もうちっとまともな戦い方を覚えてもらわねえとな」
「まったく、あなたって人は。でも、そうね。まだまだ教えてあげたいことが、たくさんあるもの」
「急ぐことはない。彼には、まだ時間がある」
「そうじゃな」
「儂らのように、急いで人生を終える必要などないのじゃ」
「そうね、今度こそ幸せになってほしいわ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
「……トーマ?」
救護天幕の中で、マシューが顔を上げた。
握っていた手が、僅かに動いた気がしたのだ。
「ねえ、トーマ?」
そっと顔を覗き込む。
だが、少年はまだ目を覚まさなかった。
穏やかな寝息が、静かに続いている。
「なんだ……びっくりさせないでよ」
握っていた手を、もう一度そっと包み込む。
その温もりを確かめるように、指先へ力を込めた。
「ねえ、トーマ」
眠る少年へ、語りかける。
「……僕さ」
そこで、言葉が止まった。
言いたいことは、いくらでもあった。
どうして一人で戦ったのか。
どうして逃げなかったのか。
どうして、こんなになるまで無茶をしたのか。
そして。
どうして、自分を置いていこうとしたのか。
けれど、そのどれも口にはできなかった。
マシューは、ただ少年の手を握り続けた。
やがて、夜明けの光が天幕の隙間から差し込んできた。
その温かな光の中で、マシューは小さく呟いた。
「……おかえり」
トーマは、まだ目を覚まさない。
ただ、握られた手の指先が、ほんの僅かに動いた。
マシューは、その小さな変化に気づくと、思わず顔を上げた。
「……トーマ?」
返事はなかった。
それでも、彼は手を離さなかった。
幕間 記憶の残滓 了




