幕間
「さて、武人どもの説教も終わったところで、少し真面目な話をしようかのう」
「おい爺さん、俺様の話は説教じゃねえぞ」
「そうかそうか。では人生訓とでも呼んでおこう」
「変わんねえだろ、それ」
「おぬしらも気づいておるじゃろうが、あの少年の中で、我々の記憶が随分と馴染んできておる」
「そうね。あの戦いでは、あなたたちの技術がかなり表に出ていたわ」
「千年前の剣術に、六百年前の武技。さらには、儂の知識まで使っておる。考えてもみるがよい。千年前の人間が積み重ねた経験を、現代の少年が自分のものとして扱っておるのじゃぞ」
「大したもんじゃねえか」
「大したものではある。じゃが、それだけでは済まぬ」
「おぬしら、あの子が戦っているとき、何か感じなかったか?」
「何を?」
「戦闘の際の、あの子の意識じゃ」
「自分で判断して動いているのか。それとも、我々の経験に引きずられているのか。技術を継承することと、人格を継承することは違う。儂は、その違いを見誤ったことがある」
「人の記憶を他者へ定着させる。知識も、技術も、経験も。それができれば、どれほど素晴らしいことかと思っておった。考えてもみろ?育成の手間が省かれれば、職人の育成なぞ必要なくなるぞ」
「おぞましい話だぜ」
「そうじゃ、なんとも悍ましい、人の魂に対する冒涜じゃ。話をつづけよう。記憶には感情が伴うものじゃ、技術には、それを身につけるまでの人生がある。人の生き方そのものを、都合よく切り離すことなどできぬのじゃ」
「つまり?」
「我々が濃くなるほど、あの少年自身が薄れていく危険があるということじゃ」
「……それは、看過できんな」
「儂もそう思う」
「だったら、どうするんだ?」
「どうするも何も、すでに賽は投げられた。定着も進んでおる。今さら無かったことにはできぬわい」
「だったら!」
「ただし」
「だからといって、あの子が我々にならねばならぬ理由もない」
「我々は記憶じゃ。過ぎ去った人生の残滓に過ぎぬ」
「残滓?」
「そうじゃ、おぬしの中にある、昔の誰かの思い出のようなものじゃな」
「……じゃあ、みんな本当はここにいないの?」
「さて、それは難しい問いじゃのう。儂らは確かに一度死んでおる。千年前に死んだ者もいれば、百五十年前に死んだ者もおる」
「……うん」
「それでも、こうして言葉を交わしておる。ならば、ここにいると言っても、嘘ではあるまい」
「よくわかんないや」
「ほっほ。儂にも、まだわからんことはあるよ」
「お爺ちゃんでも?」
「うむ。何しろ、こんなことは生前の儂も経験したことがないからのう」
「ねえ」
「何じゃ?」
「私たちは、あの子に何を残してあげられるのかしら」
「ほう?」
「剣術や魔法だけじゃなくて、もっと大切なものを」
「それを決めるのは、我々ではないじゃろうな」
「私はね、この子には誰かを疑うことも覚えてほしいの」
「疑う?」
「ええ」
「……でも、お姉ちゃん。人を疑うのって、よくないことじゃないの?」
「どうして?」
「だって、信じてあげた方が嬉しいでしょ?」
「……そうね。信じてもらえたら、きっと嬉しいわ」
「……じゃあ」
「でもね、信じることと、疑えなくなることは違うのよ。誰かが優しい言葉をかけてくれたとしても、それが本当に自分のためなのか、考えてみることは大切なの」
「うん」
「相手が悪い人だから疑うんじゃないわ。大好きな人でも、ときには間違えてしまうことがあるでしょう?」
「あると思う」
「そうでしょう?」
「だから、自分で考えるの。何が正しいのか。どうしたいのか。そして、誰を信じたいのか」
「千年前、我も似たことを考えた」
「あら、そうなの?」
「主君の命令に従うことが騎士の務めだと教えられてきた。だがその命令が守るべき民を傷つけるものであったとき、我は従うことを拒んだ」
「……それで、どうなったの?」
「主君に背いた騎士となった」
「怒られた?」
「……ああ、随分とな」
「でも、後悔はしてないんでしょ?」
「していない、我の剣は、私自身の意思で振るうものだからな」
そうね、あなたもそうであってほしいわ」
「……僕も?」
「ええ」
「……どうすればいいの?」
「難しいことじゃないのよ」
「自分のことを、自分で決めるの」
「じゃあ、僕、ご飯を食べたい」
「え?」
「お腹が空いたんだ」
「がっはっはっは!」
「いいぞ、小僧! そういうことでいいんだよ!」
「ほっほ。なかなか立派な自己決定じゃのう」
「ねえ」
「なあに?」
「僕たちって、いつまでここにいるの?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「だって、あの人が全部思い出したら、僕たちはどうなるのかなって」
「みんな、いなくなっちゃうの?」
「……さてのう、その可能性は十分にあるじゃろうな」
「……そっか」
「……寂しいな」
「……そうね、私も、少し寂しいわ」
「でもよ、悪いことばっかりじゃねえだろ」
「……どうして?」
「俺たちがいなくなるってことは、あの小僧が俺たちの力を借りなくても生きていけるようになったってことかもしれねえだろ?」
「うん」
「だったら、いいじゃねえか」
「俺たちはもう十分に戦った。六百年前に死んだ俺が、今さら何を惜しむってんだ」
「……そうだな」
「我は千年前に死んだ。我が守った王国も、仕えた主君も、すでにこの世にはない。だが、我の知る技が、今も誰かの命を守るために使われている。それだけで、十分だ」
「……後悔はないの?」
「ないと言えば、嘘になる」
「そうなの?」
「ああ、先ほども話したが、我は多くの者を守った。しかし、守った者たちと共に過ごす時間は、ほとんど持てなかった。剣を握ることはできた。槍を振るうこともできた。だが、それらを置いて過ごすことは終ぞできなかったのだ……だからお前には、いつか武器を置いてほしい」
「置いていいの?」
「ああ」
「戦わなくてもいいの?」
「戦わずに済むなら、それが一番よい」
「……そっか」
「お前は、私になる必要などないのだからな」
「ねえ、お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「僕、みんなに聞いてみたいことがあるんだ」
「なあに?」
「みんなは、幸せだった?」




