第六章
「――盾兵!前へ出るっす!」
カイルが叫んだ。その声に、共和国の生徒たちが応じた。
「おう!」
「盾を並べろ!」
「弓兵、左右へ展開!」
「負傷者を囲め!」
大柄な熊人の生徒が、真っ先に前へ出た。巨大な盾を地面へ突き立てる。その左右へ、さらに二人の生徒が並んだ。即席の盾壁が形成される。その後ろでは槍を構えた生徒たちが、押し寄せる魔物へ穂先を向けていた。
「――来るぞ!」
獣型の魔物が、盾へ飛びかかった。鈍い衝撃音。盾を構えた生徒の足が、地面を削る。
「――ぐっ!」
「押し返せ!」
横から槍が突き出された。魔物の肩口を貫き、その身体を押し戻す。さらに、後方から矢が飛んだ。次の魔物が倒れる。その隙にカイルが飛び込み、倒れた獣の喉を短剣で切り裂いた。
「――次っす!」
休む暇などなかった。魔物たちは、なおもこちらへ向かってくる。その視線の先にいるのは、意識を失った少年だった。《戦士の咆哮》の影響が、まだ残っているのだろう。
魔物たちは盾を構えた生徒たちには目もくれず、その奥にいる少年へ執拗に迫ろうとしていた。
「……ったく!」
カイルは歯を食いしばった。
「気絶してても人気者っすか!」
そのとき、シャルロッテの声が飛んできた。
「カイル!こっち、まだ近づいてくるで!」
「わかってるっす!」
カイルは振り返った。シャルロッテは、どうにか少年を抱き起こしていた。その身体を自分の膝へ預け、片腕で頭を支えている。もう片方の手は特に出血のひどい脇腹に布を当て、簡易的な止血を行っている。
「……カイル」
「……何すか」
「……この子、ほんまに死なんよな?」
その問いに、カイルはすぐには答えられなかった。少年の傷は深く、出血も多かった。シャルロッテが抑えた患部の出血も酷いのだろう、その手が赤く染まっていた。
あれだけの戦闘を続けた身体が、すでに限界を迎えている。今すぐ救護所へ運ばなければ危険だろう。
カイルは、短剣を握り直した。
「……死なせねえっすよ」
「……ほんま?」
「ああ」
カイルは、シャルロッテへ振り返った。そして、にっと笑った。
「宴の主役が死んじゃあ、祝いの歌が鎮魂歌に変わっちまう。だから、死なれちゃ困るんすよ。俺っちはそいつと話してみたい」
シャルロッテは少しだけ目を丸くした。それから、ふっと笑った。
「……せやな、うちもや」
少年の身体を、もう一度抱き直す。
「ほんならみんなで帰らんとな!」
「そうっす!主役がいなくちゃ、宴が始まらねえっすから!」
その声を聞いた共和国の生徒たちから、笑い声が上がった。
「おう!違いねえ!」
「絶対に連れて帰るぞ!」
「生きて帰ったら肉を食わせろ!」
「酒もだ!」
「お前ら、まだ学生だろうが!」
誰かが叫び、また笑い声が上がる。しかし、その間も盾は下がらなかった。槍は構えられ、弓は引き絞られている。共和国の生徒たちは、誰一人として退こうとはしなかった。
彼らの背後には、名も知らぬ少年がいる。その少年が、どこの国の人間なのか。何者なのか。誰も知らなかった。
ただ、ひとつだけ。
あの咆哮を聞いた。それだけで、戦う理由は十分だった。
その頃、三体の死鎌は、奇妙な行動を取っていた。彼らは、戦場から少し離れた木々の間に佇んでいた。巨大な鎌を片手に、まるで何かを観察するかのように。
動かない。襲いかかってこない。ただ、遠くから見つめている。顔のない黒いフードが、ゆっくりと共和国の生徒たちへ向けられた。
「ん?」
カイルは、その存在に気づいた。森の奥。黒い外套。人間の背丈を遥かに超える、巨大な鎌。
「……おいおい」
思わず、声が漏れた。
「何すか、あれ」
その声に、熊人の生徒が顔を上げる。
「……死鎌だ」
「……死鎌?」
「死鎌だよ。さっきから神聖国の騎士たちが相手をしてた化け物だ。騎士たちが距離をとるとあいつらも距離をとったから様子見てるようだ」
「……マジっすか」
カイルは、再び森の奥へ目を向けた。三体。すべてが、こちらを見ている。いや。違う。
「……あいつら」
カイルは、背後を振り返った。そこには、シャルロッテに抱えられた少年がいる。再び、死鎌へ視線を戻す。
「……あの勇士を見てるんすかね」
「気味悪いこといいなや、カイル……」
だが、そんな気がした。他の魔物たちが、いまだ咆哮に引き寄せられているというのに。あの三体だけは、近づいてこない。まるで、何かを待っているかのようだった。
「……気味悪いっすね」
カイルは、短剣を握り直した。そのとき、遠くから、神聖国の騎士たちの号令が聞こえてきた。
「――共和国の諸君!救援に参りました!」
振り返る。白銀の鎧を纏った騎士たちが、こちらへ向かって駆けてきていた。その背後には、数人の魔導士も続いている。カイルの顔が明るくなった。
「……おお!ようやく、援軍っすか!」
しかし、その喜びも束の間だった。
森の奥。三体の死鎌が、ゆっくりと鎌を持ち上げた。カイルの耳が、ぴくりと動いた。
「……おいおい、勘弁してほしいっすねぇ」
獣人の少年は、乾いた笑みを浮かべた。




