第六章
果たして何本目の剣だろうか。
「……はっ……はっ……!」
呼吸が苦しい。肺の奥が、焼けるように痛んだ。右手に握った剣は、いつ拾ったものだったか。刃は欠け、柄には血がこびりついている。それでも、まだ振るうことはできた。
「……くそっ!」
目の前の魔物へ剣を叩きつける。切るというよりも、叩いている感触であった。それでも獣は悲鳴を上げ、俺の目の前から消えていく。だが次の一体は何度も迫ってきていた。
何度も、何度も、何度も。
避けようとした。足が動かなかった。
……あれ。おかしいな。
さっきまでは、ちゃんと動いてたんだけど。俺は、もう一度足を動かそうとした。そのときだっ
た。
「――伏せるっす!」
聞き覚えのない声に俺は気づいた。
「……え?」
反射的に頭を下げる。直後、頭上を何かが駆け抜けた。
迫っていた魔物の眼へ矢が突き刺さり、その身体が大きく仰け反る。
「――おらぁッ!」
続けざまに、灰色の影が飛び込んできた。
魔物の喉元から黒い血が噴き出し、その身体が地面へ崩れ落ちた。
「……お?」
俺は、気の抜けた声が出た。目の前に立っていたのは、灰色の髪をした獣人の少年だった。頭からは、犬とも狼ともつかない耳が生えている。共和国の制服。
両手に短剣を持った青年は周囲を素早く見渡すと、俺の方へ振り返った。
「おい、大丈夫っすか!」
俺は頷いた。
「たぶん……大丈夫?」
「たぶん!?いやいや、どう見たって大丈夫じゃねえっすよ!」
「……そうか?」
「そうっすよ!」
随分と騒がしい奴だった。悪い奴ではなさそうだ。そんなことを考えていると、背後から別の声が飛んできた。
「カイル!喋っとらんと退きや!次、来るで!」
「わかってるっす!」
カイルと呼ばれた少年が、再び短剣を構えた。
その少し後ろでは、狐耳の少女が弓を引き絞っている。俺は周囲を見渡した。いつの間にか、共和国の生徒たちが魔物の群れへ斬り込んでいた。
槍が突き出され、矢が飛ぶ。大盾を構えた大柄な獣人が、こちらへ迫ってきた魔物を弾き返した。
「……へえ、やるじゃんよ……助けに来てくれたのか?」
思わず笑いながら青年に聞いた。
「当たり前っすよ!」
カイルが叫んだ。
「《戦士の咆哮》が聞こえたんすから!」
「……ああ?なんじゃそら……」
戦士の咆哮。何のことだろう。そういえば、さっき俺も何か叫んだ気がする。……まあ、いいか。
「よくわからんが助かった……ありがとな……」
俺は小さく呟いた。カイルが、こちらを振り返る。
「礼なんか後でいいっす!今は――」
そこで、言葉が止まった。俺の顔を見た途端、妙な表情になったのだ。
「……あんた」
「……ん?」
「……ほんとに、大丈夫っすか?」
俺は少し考えた。大丈夫。大丈夫、か。……いや。これは、もう。
「……あー」
急に、全身から力が抜けた。手にしていた剣が、指の間から滑り落ちる。からん、と乾いた音がした。
「……死ぬわ、これ」
そう呟いたのを最後に。目の前が、真っ暗になった。
「――ちょっ!?」
少年の身体が、前のめりに倒れた。
「おい!」
カイルが手を伸ばそうとする。
しかし、それより早く別の魔物が飛びかかってきた。
「――くそっ!」
カイルは咄嗟に短剣を構えた。その間にも、少年の身体は地面へ崩れ落ちていく。
「――あかんあかんあかん!」
シャルロッテが駆け出した。弓を放り投げ、少年へ向かって手を伸ばす。
「ちょっと待ちぃ!そんな倒れ方したら――」
その時、足元に転がっていた魔物の死骸を踏んだ。
「……へ?」
ずるり。靴底が滑った。
「ひゃああああっ!?」
盛大に転んだ。両足が前へ投げ出され、身体が地面を滑っていく。しかし、幸か不幸か。その勢いのまま、倒れかけた少年の身体へ突っ込んだ。
「――ぶっ!」
肩と肩がぶつかる。少年の身体が、シャルロッテへ覆いかぶさった。
「ぐえっ!」
二人まとめて地面へ転がった。泥が跳ねる。シャルロッテは背中を打ちつけたが、咄嗟に少年の頭を抱え込んでいた。どうにか、その頭が地面へ叩きつけられることだけは防げたらしい。
「……いったぁ……」
仰向けのまま、シャルロッテは呻いた。目の前には、少年の血まみれの顔。その身体が、自分の上へぐったりと倒れている。
「……ちょっと、キミ、美少女の上に覆いかぶさるなんて、男前やんけ!」
声をかける。返事はない。
「……おーい?」
頬を軽く叩く。やはり、返事はなかった。
「……カイル!」
シャルロッテは叫んだ。
「この子、気ぃ失っとる!」
「見りゃわかるっすよ!」
「ほんなら助けてぇな!重いんやって!」
「今無理っす!」
カイルは、迫ってきた魔物の攻撃を受け流していた。
「俺っちだって手が離せねえっすよ!」
「なんやそれ!美少女幼馴染が知らん男に潰されとるんやで!?」
「その美少女幼馴染が、ちゃんと勇士を支えてるんじゃねえっすか!俺っちは誇り高いっす!」
シャルロッテは、一瞬だけ口を閉じた。そして、自分の腕の中にいる少年を見下ろした。まだ若い。おそらく、自分たちと大して年齢も変わらない。
その少年が、おびただしい数の魔物を相手に、一人で戦っていたのだ。制服は裂け、全身に傷を負い、まともに立っていることさえできなくなるまで。
「まったく……無茶する子やなぁ」
シャルロッテは小さく呟いた。それから、少年の首元へ指を当てた。脈はある。呼吸もしている。
ただ、ひどく弱っていた。
「……大丈夫や、ちゃんと生きとる」
彼女はトーマの頭をより支えやすく抱き寄せ、それから笑った。
「……せやから、もう寝とき」
少年からの返事はなかった。けれど、その胸は確かに上下していた。




