第五章
「……なっ」
その光景を最初に目撃したのは、神聖国の護衛騎士、ガレス・ヴァインだった。聖堂騎士団に所属する老練な騎士であり、今回の森林行軍ではセレスティア・ルーメンハルトの護衛責任者を務めている。
彼はこれまで数多くの魔物と刃を交え、数え切れないほどの戦場を経験してきた。だからこそ。目の前の光景が、どれほど異常なものなのか理解できた。
「……馬鹿な」
思わず声が漏れる。森の奥から、一頭の馬が飛び出してきたのだ。その背には、二人の子ども。前には小柄な少年。
後ろには、鉄剣を握った青年。そして、その背後から迫る黒い影。
だが、驚くべきはそこではなかった。青年は馬を操りながら、後方から迫る死鎌の攻撃を巧みに受け流していたのだ。
馬上で剣を扱うこと自体は珍しくない。騎士であれば、誰しもが修練を積む技術だ。
だが馬を全速力で走らせながら、しかも前に人を乗せた状態で、背後から迫る巨大な鎌を捌くなど。並の騎士にできる芸当ではない。
並ではない騎士であっても、容易ではないだろう。
青年は身体を僅かに捻り、鎌の軌道を見切る。
剣を当てるのは、ほんの一瞬。
力で押し返すのではない。相手の勢いを利用して、攻撃の方向だけを変えている。しかも、そのすべてが恐ろしく正確だった。
ガレスの目が細くなる。
「あれは剣技、なのか?」
理解が追いつかなかった。あまりにも洗練されている。無駄がない。
まるで、長い年月をかけて磨き上げられた武技の極致を見せられているかのようだった。
仮に彼が帝国の名高き将軍であると紹介されたなら、容易くそれを信じたであろう。
「何者だ、あの青年は」
ガレスは、思わずそう呟いていた。
◇
剣が、鎌を弾いた。
俺はその反動を利用し、馬の身体を僅かに左へ寄せる。
「うぅ…」
マシュが必死に馬にしがみつく、多少動かしただけでも力のないマシューは振り落とされてしまう。それ位には馬上は荒れていた。
目の前には、結界の入口を塞ぐ死鎌。
……来る。そう思った瞬間。大鎌が振り下ろされた。俺は手綱を引いた。
馬が鋭く身を翻す。刃が、鼻先を掠めて大鎌は地面へ突き刺さった。その隙を逃さず、俺は剣を突き出した。
「……はぁっ!」
狙いは、鎌を握る腕。鉄剣が黒い手首を捉える。
だが、やはり確かな手応えはない。
それでも、相手の腕が僅かに逸れた。その瞬間を逃さず、馬を前へ進める。すると。もう一体の死鎌が、こちらへ向き直った。
「やべっ!」
大鎌が横薙ぎに振るわれる。俺はマシューの頭を守るように上体を倒した。
黒い刃が、頭上を通過する。その直後に背後から、三体目の鎌が迫った。
「なるほど、囲まれたな」
俺は不思議と冷静だった。三体。
それぞれが異なる角度から攻撃してくる。正面。右。そして後方。
通常ならば、逃げ場などない。
だが、……見える。すべてが、見えていた。右の鎌が動く。その僅か後に、正面の影が踏み込む。
背後の一体は、こちらが回避する方向を塞ごうとしている。ならば。最初に動くべきは、俺ではない。
「……頼むぞ、お前はいい馬だ」
俺は馬の首筋へ軽く触れた。次の瞬間。馬が、跳んだ。それは、常識外れの跳躍だった。
前方へ大きく跳ぶのではない。わずかに斜め。ほんの数歩分の距離を、鋭く跳ねる。その動きによって、三体の死鎌が繰り出した鎌の軌道が、一瞬だけ交錯した。
黒い刃同士がぶつかり合う。
俺はその隙に剣を振るった。右の一体、鎌の柄へ一撃。
返す刃で、正面の一体の腕を払う。さらに、馬を回転させながら後方の一体へ突きを放つ。すべてが、一呼吸の間に行われた。
……何だ。何なんだ、これは。自分でやっていることなのに。まるで、誰かの動きをなぞっているようだった。
身体が、勝手に答えを知っている。どこを切るべきか、どこに避けるべきか、馬へどう伝えるべきか。
すべてが、あまりにも自然だった。
俺には馬を操る術を身に着けた覚えはない。しかいここまで見事に馬を操り敵の攻撃を凌いでいた。
良い馬であったのは間違いない、しかし確実にここまでの結果は、それだけで説明のつくようなことでないことは確実だった。




