第五章
やがて、木々の向こうに、光が見えた。焚き火のような小さな光ではない。もっと大きく、もっと強い。
白金色の輝きが、森の一角を昼間のように照らし出している。
「……あれだ!」
マシューが叫んだ。
「トーマ!あれが結界だよ!」
森の中央。比較的広く開けた場所を覆うように、巨大な半球状の光が広がっていた。その表面には無数の幾何学模様が浮かび、ゆっくりと回転している。
光の膜は透明に近く、その向こうにいる人々の姿が朧げに見えた。
しかし、内側から放たれる光は眩しいほどに強く、周囲の闇を容赦なく押し退けている。
「……すごいな、あれが光魔法か」
「うん!」
マシューが頷いた。
「神聖国の上級守護魔法――《穢れなき聖域》!」
その声には、明らかな安堵が混じっていた。
「よかった……本当に張ってくれてたんだ……!」
だが、近づくにつれ、俺たちは異様な光景を目にすることになった。
結界の周囲では、激しい戦闘が繰り広げられていた。貴族と思われる学生たちが剣を振るい、魔法を放ち、次々と押し寄せる魔物へ応戦している。
その傍らには、明らかに学生ではない者たちもいた。
重厚な鎧を纏った騎士。長い杖を手にした魔導士。学園の制服とは異なる装備を身につけた護衛たちだ。
だが、その誰もが余裕を失っていた。
「左翼を下げろ! 結界から離れすぎるな!」
「負傷者を中へ運べ!」
「くそっ! まだ来るのか!」
怒号が飛び交う。魔法の閃光が夜空を照らし、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き渡る。
その中心。白金色の結界の内側に、一人の少女が立っていた。
長い銀白色の髪。白を基調とした、神聖国特有の儀礼装束。胸元には金色の聖印が輝き、その両手には細長い白銀の杖が握られている。その姿は、まるで月光を人の形へ閉じ込めたかのようだった。
だが、その表情に優雅さはなかった。少女は必死だった。
「走って!早く結界内に!」
澄んだ声が、戦場に響き渡る。
「結界の外にいる学生の方々!どうか、こちらへ!早く中へ入ってください!」
少女が杖を掲げる。結界の一部が淡く揺らぎ、光の膜に人が通れるほどの開口部が生まれた。
「身分など関係ありません!お願いですから、命を優先してください!」
叫ぶ。声を張り上げる。
それでも、すべての生徒が結界へ辿り着けるわけではなかった。魔物に行く手を阻まれる者。負傷して動けない者。仲間を助けようとして、その場に留まる者。
そして、結界へ近づこうとする者たちの前に。二つの黒い影が立ちはだかっていた。
「……っ!」
俺は息を呑んだ。巨大な鎌。ぼろぼろに裂けた黒い外套。顔のないフード。
間違いない。
「……死鎌!二体も!?」
二体の死鎌が、結界の外周で暴れ回っていた。
一体は騎士たちと交戦し、もう一体は結界へ逃げ込もうとする生徒たちを執拗に狙っている。
その周囲には、濃密な紫黒色の魔力残滓が渦巻いていた。
そして、背後からは、俺たちを追ってきた三体目が迫っている。
……なんてことだ。ただでさえ手に負えない化け物が、三体。俺は思わず歯を食いしばった。
「……トーマ!結界まで、もう少しだよ!」
「ああ、そうだなぁ」
「でも、あの二体が……!」
「わかってる」
俺は前方を見据えた。結界の入口。そこに続く進路を、一体の死鎌が塞いでいる。さらに、その横ではもう一体が騎士の剣を弾き飛ばしていた。
そこが通れれば最も効率よく非難できる場所を、死鎌はしっかりと塞いでいた。
聖女セレスティアも臨機応変に結界への通り道を作るが、死鎌と魔物の邪魔が入り上手くいっていない。
目の前には死鎌。このまま突っ込めば、馬ごと斬り伏せられる。
だが、……やるしかない。俺は手綱を短く握り直した。
「マシュー!」
「……なに?」
「しっかり掴まってろよ!」
「……え?」
「絶対に手を離すなよ!」
「トーマ!どうするの!
俺は答えなかった。代わりに、馬の腹へ強く踵を当てる。
「……行くぞっ!!」
馬が、地面を蹴った。




