第五章 剣は死を払いきれず
この手は、知らないはずの剣を覚えている
この身体は、知らないはずの戦い方を知っている
ならばこの胸に宿る思いは誰のものか
応える者はいない
ただ、君に危険が及ぶなら
剣を振るうことに躊躇いは無い
夜の森に激しい金属音が鳴り響いた、死鎌の大鎌と俺の鉄剣が衝突し、赤い火花が散った。
「……くっ!」
想像を超える重い一撃が両腕を襲う。骨と肉は軋み、肩から背中にかけて衝撃が駆け抜ける。
危なかった、しかし最初の一撃を確実に防ぐことができた。俺は奥歯を噛み締め、目の前に浮遊する魔物を睨みつけた。
その名に違わない、死を連想させる黒衣の魔物は、巨大な鎌を片手に静かに佇んでいる。フードの奥に広がる底知れぬ闇から、あるはずのない視線が俺を捉えている。そう錯覚させるほどの存在感がそこにはあった。
「トーマ!平気!?」
「ああ! なんとかな!」
答えながら、剣を斜めに構える。正面から受け止め続けることはできない。そう判断した瞬間には、すでに身体が動いていた。左足を半歩引き、手首を返す。
死鎌の一撃は剣身を滑り、俺の肩口を掠めて地面に深々と突き刺さった。土が派手に巻き上がる。大鎌を土から引き抜くその隙に、俺は懐へ飛び込む。
「……ふっ!」
短く息を吐き、鉄剣を横薙ぎに振るう。
だが、刃は黒い外套を切り裂いただけだった。まるで手応えはない。
切り裂かれた外套は紫黒色の靄となって散り、次の瞬間には何事もなかったかのように元の形へ戻っていた。
「んだよ、それ」
思わず悪態をつく。
しかし、死鎌はそんな俺の悪態など意にも介さなかった。土から鎌を引き抜き。振り上げ、振り下ろす。
その動作は正確に行われる。もちろん躊躇等なく、その動きのすべてに何らかの合理性を感じるほどであった。その一連の動作の冴えは決して緩むことなく、ただ俺を仕留めるために振り続けられた。
それはまるで止まらない川の流れのごとくスムーズに、自然に、時に激しく、俺の命を刈り取るために淀みなく攻撃は降り注いだ。
ぎぎんっ!!
金属音が響く。払い、受け流し、身体を沈めて躱した。大鎌が頭上を通過する。その刃が生み出した風圧に、髪が激しく揺れた。
次の瞬間、死鎌の腕が人の関節では考えられない角度へ折れ曲がった。
「……っ!?」
人間ならば不可能な方向から、鎌が返ってくる。俺は咄嗟に剣で防ぐ。金属が激しく擦れ合い、耳障りな音を立てる。
辛うじて受け流した刃が、頬のすぐ横を通り抜けていった。ぞっとする。
だが、死への恐怖に身体が竦むことはなかった。それどころか相手の動きが、奇妙なほどよく見えた。
大鎌を繰る腕の動きからそれに連動して動く肩口、そこからどのような攻撃が来るかをよくして受け流す準備を身体が自然と行った。
まるで、何度も反復学習した動きをなぞるように
「危ないトーマ!右だ!」
俺は反射的に剣を返した。
だが、鎌が狙っていたのは俺ではなかった。
「……させるかよ!」
地面を思い切り蹴り上げ。低い姿勢から身体を捻り、鎌の柄へ剣を叩きつけた。
大鎌は剣の衝撃により軌道を変え、焚き火のすぐ横へ突き刺さる。薪が跳ね、火の粉が舞った。
「……っぶねえ!」
思わず叫ぶ。間一髪で消火を阻止する。
だが、死鎌はすでに次の動作へ移っていた。鎌を引く。俺を無視するように、その細長い身体を横へ滑らせた。
「マシュー!」
「……えっ?」
マシューが振り返る。その眼前へ、大鎌が迫っていた。マシューでは死鎌の動きにはついていけなかった。
俺は踏み込んだ勢いのまま剣を突き出し、鎌の柄を横から打ち払った。
激しい金属音と共に、大鎌の刃がマシューの頭上を通過し、背後の木の幹へ深々と食い込む。
「ひっ……!」
マシューが小さく悲鳴を上げた。俺はマシューを抱き上げ、死鎌と距離をとる。
「下がるぞ!」
「う、うん!」
マシューの顔からは、すっかり血の気が引いていた。呼吸も速い。
なるほど。どうやらこいつにははっきりとした優先順位があるらしい。まず焚き火、次に魔法を使うマシュー。
そして、それらを妨害する俺。つまり、俺を倒すこと自体にはそれほど執着していないのだ。厄介だった。俺とまともに斬り合ってくれるならまだやりようはあった。
だがこいつは隙を見て焚き火へ向かい、俺の守りが僅かでも緩めばマシューへ鎌を振るう。しかもその動きには疲労も迷いもない。対するこちらは、生身の人間だ。いずれ限界が来る。
……そうなる前に、何とかしなければ。
「……トーマ!少しだけ、時間を稼いで!」
「……時間?」
「うん! 僕、魔法を放つよ!」
振り返る余裕はなかった。
だが、その声には先ほどまでの怯えとは違う、確かな決意が宿っていた。
「……どれくらいだ!」
「三十秒! ううん、二十秒でいい!」
「……わかった!」
俺は剣を握り直した。
背後で、マシューが大きく息を吸い込む気配がした。
「ありがとう、トーマ!」
その声を聞いた直後。再び、黒い鎌が迫ってきた。
◇
たった二十秒。普段なら、ぼーっとしている間に過ぎてしまうような時間だ。
だが、死鎌を相手にした二十秒は、永遠にも等しかった。死鎌は攻撃の手を決して緩めない。
それはとにかく俺に一撃を入れようとする攻撃、上下左右から人間では考えられない不規則な攻撃が絶えず降り注ぐ。
受け止めた。逸らした。躱した。
距離をとる、距離を詰める、また受け流す。何度も何度も鉄剣と大鎌が激しくぶつかり合う。
(こんなに渡り合えるほど俺は強いのか?いやなんだこの感覚は?)
もはや自らの体を自ら動かしている感覚がなく、ただ目の前の動きに反応し、死鎌の攻撃をやり過ごす。
握力が無くなっていき、腕はしびれ、額から汗が流れ落ちる。
しかし不思議と剣筋が乱れることはなかった。むしろ死鎌と打ち合えば打ち合うほど身体の動きは、研ぎ澄まされていく感じがした。まるで、長い間使っていなかった道具を、使うたびに少しづつ感覚を思い出していくような感覚。
……何なんだ、これは。自分でも理解できなかった。
だが、理解する必要もなかった。今はただ、目の前の敵を抑え込めばいい。その間に、マシューが何とかしてくれる。そう信じていた。




