ヴァレリアの父Ⅱ
「お待たせしました」
ノックして入ってきたウエイトレス。やっとコーヒーを堪能できる。
「では頂戴します」
「私も」
僕とノクターン閣下は互いにコーヒーを口に運んだ。口のなかに広がるコーヒーの香りと、砂糖を加えていないのに、どこか甘味を感じる風味とエスプレッソのような香り。最高に美味だ。
「値段が値段なのでやっぱり美味しいですね」
「オリジナルブレンドだからな」
「閣下が開発に協力していたのが趣を感じますね」
「――ジャックに言われるとなんか恥ずかしいな。まあ好きの度合いがいきすぎるとこうなるのだ。このコーヒー豆も、ワインもな」
「そう言えば、閣下のお店最近行けていないですね」
「無理に行かなくていいぞ。質素な暮らしが好きなんだろ?」
「まあそうですね」
「国剣のときと比べると収入は減っているが、不自由ない暮らしはできているはず。バーの経営状況もいいからな」
「それはヴァレリアが毎日来ているのが大きいですが……」
「それは君の腕だろう。私の娘をたぶらかして」
と、ノクターン閣下はニヤニヤと笑みを浮かべていた。完全に僕のことをからかっている!
「冗談は強さだけにしておいてください」
「お、上手いこと言うな。ジャングル育ちの怪物がここまで成長するとは」
「――僕のこと馬鹿にしてますよね?」
「そんなことないぞ。半分は」
――やっぱり僕のこと馬鹿にしてるじゃないか! いつもならペースを僕のほうに運べるのに、ノクターン閣下といい、ヴァレリアといい。この二人には敵わない。
「冗談はこの辺りにしておいて、上位魔族はどうした? あの護身用ナイフでも君の前では、上位魔族なぞ、紙切れと変わらんだろ?」
「まあそうですね。そのあとは将軍魔族が五体出てきました」
「五体!?」
さすがのノクターン閣下も驚きを隠せないようだ。
「確かにオルフィンの可能性は高いな。それに将軍魔族が五体だろ? あやつのことだ。皇帝魔族の一体は確実に従えているぞ」
「僕も閣下の意見に賛成です」
「皇帝魔族と言えば、国剣と同等の力。種族の王の器になる階級で、我々が制定しているランクは、EXランク」
「まさかですが閣下――怖気づいてますか?」
「……ジャック。まさか私を挑発しているのか? この年齢でヴァレリアと同じくらいだ。皇帝魔族など恐怖に値せん」
「なら安心ですね」
僕がそう返すと眉間に皺を寄せてコーヒーを口に運ぶノクターン閣下。お返しが効いたようだ。
「いずれにせよ討伐隊を組む必要があるな」
ノクターン閣下は腕を組み、静かに目を閉じた。
しばらく何も喋らない。この人の頭の中では、討伐戦力、避難経路、王への報告、最悪の展開まで、すべて組み立てられているのだろう。だからこそ王帥だ。
「バカ息子には伝えておく。兵力よこせ。さもなくば半殺しにしてやるとな」
「閣下。実の息子といえど王国軍の将軍にさすがにそれは――」
「何か問題あるか?」
ノクターン閣下の謎の威圧。僕は思わず言葉を詰まらせた。
「いえ、結構です」
「なら良し」
何この親父。実の息子なら絶縁レベルだよ。
「それでそのあとは?」
「将軍魔族の一体が素晴らしい知能を持った魔族でした。カルディスと名乗っていました」
「君がオルフィンを倒したときにはまだいなかったよな?」
「ええ。いたなら覚えていますよ確実に」
「だな。それで捕らえる事ができなかった理由は?」
「暗黒魔障壁を展開されてしまいまして」
僕が気まずそうに言うと、ノクターン閣下は顔をしかめた。
「この国が建国されて以来の最強の剣士の君――いや、世界最強の君が魔法は全く使えないもんな」
「魔法みたいなことはしていますよ。僕の愛剣は炎が出るので」
「そういうの屁理屈って言うんだぞ」
くそおおお。対抗しようとしたのにやっぱりこの人には敵わない。もう諦めよう。
「まあ、暗黒魔障壁を出されてはどうこうできない。私くらいでないとな」
「……自慢ですか?」
「魔法は君に勝るからな」
昔から僕に対して謎の対抗心を抱くんだよこの人は――。もう勘弁してほしい。
「それで最後には、いずれ会うことになる。楽しみにしておくがいい――と言っていました」
「情報が少ないな。仕方がないか」
ノクターン閣下はそう言ってソファーに深く座り直した。手を広げて天井を見上げる姿に台詞を入れるなら「なんだかな~」といった具合だろうか。いずれにせよ、僕にとってもノクターン閣下にとっても深刻な問題なのは間違いない。
「オルフィンを相手にできるのは君しかいない。レーヴァテインを抜いてくれるか?」
「もちろんです。先日も抜きましたしね」
「ああ。田舎村に出た上位魔族百体を倒した時か?」
「ええ」
「なら英雄スルトの復活だな」
「戦神アレスも復活ですよ?」
僕がそう言うと、ノクターン閣下はまたしても豪快に笑っていた。
「十中八九そうなるだろうな。あとはそのカルディスとやらが言い残した言葉だな。奴らは次にどこに現れるんだ?」
「閣下でも予想できないですか?」
「そうだな――単純に考えれば深層や冥層あたりに出てきてもおかしくはない。しかし、目的が分からない以上は、予測しても無駄だ」
「確かにそうですね……閣下、調べもの頼めますか?」
「もちろんだ。アイコニックにも伝えておく」
「恩に着ます」
僕が深々と頭を下げると「そこまでしなくていい。昔から変わらないな」と言って、ノクターン閣下が笑っている気がした。
やはりこの人には真っ先に報告しておくべきだ。そう感じた瞬間でもあった。
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