ヴァレリアの父Ⅰ
「ただいま」
僕がそう言うと、ダンジョンドームのエントランスにいる皆が、僕を盛大に迎えてくれた。「怪我はないですか!?」「よく切り抜けましたね」「本当にありがとうございます!」などの労いの言葉もあった。
「代表! 無事でしたか!?」
涙を浮かべながら飛びついてきたのはヴァレリアだった。
「この通り無事だよ。心配かけて悪かったね」
僕はヴァレリアの頭を優しく撫でた。
「本当にそうですよ」
ヴァレリアはしばらく僕の胸に顔をうずめていた。
「店長ありがとうございます!」
そう心地よい挨拶をしてくれたのはレオン君とギーク君だった。そのあとに続き兵長も「ありがとうございます!」と頭を下げたあと、王国兵たちが僕に対して敬礼を行ってくれた。
「少し大層過ぎないかい?」
「いいえ。ジャック殿は私たちの命の恩人です。今回の件についてはジャック殿のことも含めて上に報告するつもりです」
「まあ、ほどほどにね」
僕がそう返すと兵長は笑みを浮かべていた。
「さあ皆持ち場に戻って。仕事だよ」
僕がそう手を叩くと各々持ち場に戻っていく。ただ、僕もヴァレリアも仕事は終了の時間となっていた。夕刻の五時すぎだ。
「ヴァレリアも悪いけど王宮に戻って、将軍に報告しておいてもらえるかな?」
「はい――分かりました。代表はどうするんですか?」
「僕は僕で会わないといけない人がいるからね。その人に会ってくるよ」
「それは誰ですか?」
「悪いけどそれは言えない」
僕がそう返すとヴァレリアは「また隠し事……」と拗ねていた。
「悪いね。じゃあお疲れ様」
「お疲れ様です。またあとで」
「いや今日は行けなさそうなんだ。バーは従業員に任せる事にするよ」
「……じゃあ、用事が済んだら一緒にご飯食べに行ってください」
「終わる時間分からないよ? でもまあとりあえず通信具で連絡するよ」
そう返すと、拗ねていたヴァレリアの表情は、元の明るい表情に戻っていた。「絶対ですからね」そう言ってヴァレリアは、他の従業員に「お疲れ様です」と挨拶をしてダンジョンドームから出て行った。
「やれやれ。じゃあ僕も行くかな」
僕も皆に挨拶を済ましてとある場所に向かった。今頃の時間帯ならあの人は行きつけのカフェにいるだろう。
ダンジョンドームから離れて、王宮の近くにあるカフェに足を運んだ。ここも城のような外観をしている一風変わったカフェ。一杯のコーヒーが1,500リベラもするお店だ。
「いらっしゃいませ。ってジャックさん!? 一ヶ月ぶりですね」
出迎えくれたウエイトレスがそう言って僕のことを歓迎してくれた。
「久しぶり。あの人はいるかな?」
「もちろんですよ。ご案内します」
ウエイトレスに案内された場所は、階段を下り地下に入っていく。到着すると地下は個室が八部屋ある。カフェなのに個室? と疑問を抱くかもしれないが、ここでは王国兵や貴族が密談するときに使う場所でもある。
「こちらの部屋です」
「ありがとう」
案内された場所は一番奥の右側の部屋だった。僕が扉を三回ノックすると、部屋の中から「誰だ?」と野太い声が聞こえてきた。
「ジャックです」
「入れ」
「失礼します」
僕が部屋へ入ると、コーヒーの香りが静かに鼻をくすぐった。王都一の革職人が仕立てた牛革のソファ。その中央に、初老の男性が腰を掛けている。
年齢は六十ぐらいだったはずだ。後ろへ流したクリーム色のオールバックには白髪が混じり始めている。それでも一本たりとも乱れを感じさせず、長年染み付いた軍人の気質を物語っていた。それでも不思議と老いは感じさせない。
左目には眉から頬へと真っ直ぐ走る一本の古い縦傷。その傷を除けば顔立ちは整っている。歳を重ねてもなお、女性に人気がありそうだ。
深い紺色の上着に白いシャツ。王国兵を引退した今では鎧を纏うことはない。どこにでもいる上品な老紳士――そう見える。
だけど、その錯覚は腰に差した一振りの太刀を見た瞬間に消え去る。柄に無駄な装飾はない。鞘にも傷が残っている。飾るための剣じゃない。何十年と戦場を生き抜き、今なお毎日振り続けている剣だ。
そして何より――その双眸。夜空のように静かで、月明かりのように冷たい。剣を向けられているわけでもないのに、こちらのすべてを見透かされているような錯覚を覚える。
……相変わらずだ。
王の右腕。この国の頭脳。そして、僕が今でも頭の上がらない数少ない人物。王帥、ウルベルグ・ノクターン閣下。
「気軽に腰をかけろ」
「失礼します」
ノクターン閣下の言葉に甘えさせてもらい僕もソファーに腰をかけた。
「――珍しく悩んでいるようだな。まるで死人にでも会ったような面だな」
ノクターン閣下はそう言ってコーヒーを飲みほした。
「ホットコーヒーでよかったか? 確かブラックだったよな」
「ええ。ありがとうございます」
ノクターン閣下は僕に確認をとると、「私のおかわりとジャックにホットコーヒー」を呟いた。この人は念話を使えるので、呼び鈴どころかウエイトレスを呼んで注文を通す必要がない。
「死人に会ったようなって――相変わらず鋭いですね」
「当たっていたのか。誰に会ったんだ?」
「会ってはないです。ただオルフィンの名前が出てきました」
するとノクターン閣下は目を丸くして驚いていた。
「それは本当か?」
「ええ。閣下の耳にも入ると思いますが、ダンジョン八層で魔物の大発生が起きました。」
「数は」
「百体ほどです」
僕の言葉にノクターン閣下は、整えた顎鬚を撫でながら口を開いた。
「そう言えば騒がしかったな。下層は新米冒険者がいる階層。騒然とするのも無理はない」
「ですので、僕とヴァレリアと王国兵数名で現場に向かいました」
「――まさか娘の前で剣を振ったのか?」
「やむを得ず」
僕がそう言うとノクターン閣下は手を叩いて笑っていた。
「せっかく大昔から君の正体を娘にすら口に出さなかったのに! 傑作だな!」
「笑い事じゃないですよ。でも人命がかかっている以上はそうも言ってられませんしね」
「それもそうだな。君も私も国剣。現序列一位と元序列一位の身、民を守るためにこの命ある限り、剣を握り続ける義務がある。私はアレスとして、そして君はスルトとして。それが国剣の宿命だ」
「……僕は引退していますよ」
「軍は引退しているかもしれんが、君が生きている限りは序列一位の玉座は空席だ。誰にもその席を譲らんよ。娘のヴァレリアにもな」
「――ヴァレリアにも? 意外ですね」
やられた。それでずっと一位が空席なのか。でもまあ、ノクターン閣下がこう言っている限りは大人しく従おう。僕が心を病んだ時も、ずっと寄り添ってくれたのはノクターン閣下だしね。
「それだけじゃないだろう?」
「はい。嫌な予感がしたので、僕とヴァレリアで、応援で召喚された上位魔族を半数ほど倒したのち、僕以外の人間を全員避難させました」
「本来であれば、ヴァレリアが残る――しかし君は、自分の正体が知られてもよいという覚悟で、皆を逃がすためヴァレリアも同行させたと――」
「おっしゃる通りです」
「それでは隠す意味がないではないか!」
と、豪快に笑うノクターン閣下。この人僕の報告を楽しんでいるな。断言できる。ヴァレリアの性格は完全にこの人譲りだ。
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