ダンジョンの異変Ⅲ
上位魔族が一斉に襲い掛かってきた。長剣を振りかざす。その動きは先ほどまでと何一つ変わらない。
――そう思った瞬間。
熱いね――。視界が真っ赤な炎に埋め尽くされる。どうやら味方ごと僕を焼いたらしい。
上位魔族の声だろうか。うおおおおと獣のような雄たけびを上げて、まるで歓喜に満ちた声だった。
僕は爆炎を手で振り払って霧散させる。案の定、僕へ飛びかかってきた上位魔族は灰燼と化していた。
僕が出ていくと上位魔族たちは立ち尽くしていた。
「やるじゃない。A級魔法、爆噴炎。レベル6ってところかな? 味方を囮に使うなんて誰の入れ知恵かな?」
僕の声を聞いた上位魔族の数体の深紅の瞳が、わずかに揺らぐ。出現したときは、ああも冷たく非常だったのに、僕に対する恐怖心が芽生えたのかな?
僕が近付くと、上位魔族の手元が震えているように思えた。気を抜けば今にも剣を落としそうだ。
上位魔族同士が互いを見合い、アイコンタクトを送りあっている。
「押し付けあいかな?」
僕のその言葉に一体の上位魔族が怒声に似た唸り声をあげて襲いかかってきた。
「僕に隙があったかい? 無策に突っ込んでくるのは感心しないな」
僕は剣を一閃。すると、襲いかかってきた上位魔族は上半身と下半身に分かれて、紫色の鮮血をまるで噴水のように周囲に巻き散らして絶命した。
近くにいた上位魔族の顔に、襲いかかってきた上位魔族の鮮血が降りかかり、まるで発狂しているかのような甲高い声をあげる。
「驚いた。上位魔族でもここまで感情を出すんだね」
『よい。下がれ雑魚ども』
そんな声が奥の方から聞こえた。声は一つだったが、足音は一つじゃない。一つ、二つ、――五つだね。
上位魔族たちが道を開けると、 最初に目に飛び込んできたのは、並んで歩いてくる五体の漆黒の巨躯だった。
全身は灰白色の骨格が幾重にも重なり合い、まるで生きた鎧のように身体を覆っている。その隙間からは濃紫の魔力が絶え間なく漏れ出し、心臓の鼓動に合わせるように脈打っていた。
顔を覆っているのも骨だ。骸骨の兜を思わせる頭部。口元には縦に並ぶ骨の格子が走り、その奥では深紅の双眸だけが静かにこちらを見据えている。頭上には湾曲した二本の巨大な角。背には黒い瘴気を纏った翼が広がり、その下では、破れた外套のような闇色の魔力がゆらゆらと揺らめいていた。
そして右手に握るのは、自らの身長にも迫る巨大な戦斧。刃の内側では紫黒い魔力が渦を巻き、今にも大地ごと断ち割れそうなほど濃密な圧力を放っている。
その姿は、ただ強いだけの魔物じゃない。魔族を率い、戦場そのものを支配する存在。将軍魔族。
『主のご警告通り――我々魔族の宿敵ジャック。私は将軍魔族のカルディス。お見知りおきを』
「随分と礼儀正しい魔族だね」
『人間とは言え、強い個体は味方であれ敵であれ、私は敬う気持ち忘れない』
カルディスがそう宣言すると、他の将軍魔族の顔色が変わった。
『貴様、人間に対して敬う気持ちなど』
『俺様たち全員でかかれば、相手にならんだろ? 所詮人間だ』
するとカルディスは、文句を垂れる将軍魔族に向かって、睨め付けていた。
『貴様等は分かっていないのだ』
『知らんな!』
そう言って一体の将軍魔族が僕に向けて掌を向けてきた。掌に集中する膨大な魔力。そして――。
刹那。僕は禍々しい暗黒の高エネルギー波のなかに包まれていた。これは最上位レベルの魔族しか扱えない闇魔法、暗黒魔光波。
しかし僕には――。
「挨拶にしては派手だね?」
『貴様……化け物か!』
「僕は人間だよ。化け物じゃない」
『だから止めろと言ったんだ。仮に私たちが一斉に襲い掛かっても、壊滅するのは目に見えている。目標は達成したんだ。これ以上戦力を欠く必要はない』
ここまで冷静なものなのか? 将軍魔族って。いや、このカルディスって名前の将軍魔族がそうなのか? 分からん。
「随分と冷静だね。買いかぶり過ぎじゃないのかい?」
『だとしたら、暗黒魔光波をまともに喰らって、ノーダメージという現実を、どう受け止めればいい?』
「ああ――もっともです。それにしても、君たちの主は? ただ者じゃないよね?」
僕がそう問いかけると、カルディスはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。そしてこう答えたんだ。
『オルフィン様だ』
僕はその言葉で頭が真っ白になった。
『驚くのも無理はない。貴方が倒した魔人なのだから』
「そうだ……倒したはずだ……」
『しかし、生きている。不思議だと思うのは当然だ。20年前に貴方はあの忌々しい大剣で倒したのだから』
「ますます君たちを逃がすわけにはいかなくなった。覚悟したほうがいいよ」
僕が剣を構えると、僕と魔族たちの間に黒い煙のような壁が、空間横一面に展開された。
「これは――」
『残念だが、魔法が使えない貴方にこの壁を破ることはできない。ヴァレリアがいれば変わっていたかもな』
「待て! 君にもっと聞きたいことが!」
僕は何度も手を伸ばした。近くにいるはずなのに。手が届くはずなのに。届かない――!
『無駄だ。知っているだろう? この魔法を。届きそうで届かない。あるはずなのに視認できない。そこにあるのは声のみ。私たちは攻撃ができなくなってしまったが、貴方は私たちに干渉できない魔法、暗黒魔障壁だ』
そうだ。このでたらめな魔法。まるで生きている世界を分けるように、互いの存在を強制的に絶つんだ。
「オルフィンから教わったのかい?」
『そんなところだ。いずれ会うことになる。楽しみにしておくがいい』
そう言い残して、カルディスは上位魔族と他の将軍魔族を連れてこの場から消えてしまった。気のせいじゃない。完全に姿を消した。
「まいったな」
これは僕のことを知っている国の連中に報告しないといけないな。
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