ダンジョンの異変Ⅱ
それは"生物"ではなかった。紫と漆黒の魔力が肉体そのものとなり、その上から白灰色の骨格が外骨格のように覆い被さっている。全身を巡る骨は胸だけじゃない。肩、腕、腰、脚。全ての部位が、巨大な魔物の骨を、そのまま鎧にしたようだ。そしてその鎧には、鋭利な骨が各所から突き出していた。
そして顔――。肋骨を無理やり顔の形へ組み上げたような骨格。その隙間から覗く深紅の瞳だけが、不気味なほど静かに輝き、目があった冒険者を絶望の淵に叩き落とす。
また、背中いっぱいに広がる巨大な黒翼は、羽ばたくたび紫黒い瘴気を撒き散らし、空気を淀ませる。魔力が溢れているんじゃない。奴の存在そのものが魔力だ。
「あ、あれが上位魔族」
レオンはそう言って、僕の背中から顔を覗かせていた。僕のベストを引っ張る手から手汗、そして震えから、彼が感じている恐怖をひしひしと感じる。
「店長。俺吐き気が――」
ギーク君はそう言って僕の後ろで吐しゃ物をまき散らしていた。上位魔族はA級。ランクだけ言えばキマイラと同じ。しかし、上位魔族が放つ瘴気は、魔力とはまた別の異種のエネルギー。
辺りを見渡すと、頭を抑えたり、こみ上げる胃液を我慢したり、体硬直したりと反応は様々。戦闘意欲を維持しているのは、A級冒険者の顔ぶれだけだ。その数はおよそ八人。パーティーにして二組だけ。
「代表はやっぱり何とも思っていなさそうですね」
「まあおっかないとは思うよ」
「普通はおっかないだけの感想で済まないんですけどね。代表、こんなこと言うのもなんですが戦えますか?」
「別に問題ないよ。兵長、戦意喪失している兵士の武器を拝借できるかな?」
「もちろんです。私も戦わせてください」
「数が多い方が有利だからね。もちろん歓迎だよ」
僕がそう言うと、兵長に少しばかりの笑みがこぼれた。頭が痛くなるような緊張感から少し解放されたようだ。
「戦える者は私についてきなさい。戦えない人は一か所に固まらず、お互いにカバーできる配置について、臨戦態勢だけ整えておくこと!」
ヴァレリアがそう力強く言うと、おおよその人間が「はい!」と返事をした。
「かかれ!」
ヴァレリアのその合図と共に僕、ヴァレリア、冒険者、王国兵合わせて十五人が地面を蹴り上げた。先陣を切ったのはもちろんヴァレリア。愛剣のルミナに雷を纏い、そのまま横薙ぎ。残っていた魔物を蹴散らし、その後ろにいた上位魔族の数体が地面に倒れ込み、麻痺で動けなくなっていた。
仕方ない。僕も少しだけ驚いてもらおうかな。
襲い掛かってくる上位魔族。奴らは三体同時に、刃が何本も枝のようについている長剣を振りかぶってきた。
「遅すぎるよ」
僕は拝借した剣で三体分の剣を止めると、そのまま押し返した。三体同時に後ろにのけぞると、いい感じに並列している上位魔族に向かって、腹部を一気に切り裂く。
紫色の鮮血を噴出しながら三体は地面に倒れ込んだ。僕は間髪入れずに、上位魔族の心臓部に埋め込まれている魔石で出来た核を破壊した。
「店主強いですね……」
そう小さく呟いたのはレオン君だった。僕の戦闘を見て感心しているらしい。
「それはどうも」
僕はそれだけを言い残して襲い掛かってくる上位魔族を次々と倒していった。他の皆はやはり苦戦している。兵長も例外ではない。顔色一つ変えずに戦闘できているのは、僕とヴァレリアくらいだ。
「代表本当に凄いですね。魔物にやたら詳しいのも、実戦経験が豊富だからですか?」
「まあそんなところかな。そもそも僕は育ちが特殊だからね。皆には言いたくなかったけど。でもまあここまできたら追々君には話すよ」
「……絶対ですからね」
ちょっと怖いんだよな~。これ忘れていたとか言ったら殴られるやつだね。
ほどなくして、僕とヴァレリアが上位魔族の数を減らし、出現した数の半数以下になった。さすがの上位魔族も、僕とヴァレリアにだけは異常なほどの警戒心を持ち始めた。その証拠に、僕たちが歩み寄ると、上位魔族たちは、恐怖心を抱いたのか、後退するという展開になっていた。
「それにしても変だと思いませんか? さきほどの四種類の魔物といい、上位魔族といい、妙に統率がとれています。裏で誰が糸を引いているんでしょうか?」
ヴァレリアの率直な疑問だった。思い当たる節はあるが断定できない。だって奴は――この僕が……。いや、今はよそう。考えていても仕方ない。むしろ、戦えない彼らを逃がす方法だ。
「ヴァレリア、ここは僕が引き受けるから、先に皆を逃がしてくれないかな?」
「なっ……そんなことできませんよ!」
「いいから早く!」
僕がそう強い語気で言い放ったからだろう。ヴァレリアは体をびくっと震わせて、「わかりました」と小さく返事をしていた。
「でも、危険だと思ったら逃げてください」
「もちろんだ。それにね、少しだけど嫌な予感がするんだ。今、下位ランクの冒険者を逃がしていないと、死人が出る気がしてね。ほら、今は幸いにも死人はいないだろ? 今しかないんだ」
僕がそう言うとヴァレリアはコクリと頷いた。そして、皆に撤退の号令をかける。
「ジャック殿。加勢します」
「大丈夫だ。兵長も撤退をしてくれ。Aランク冒険者の彼らを連れて」
「か……かしこまりました。何か策があるんですよね?」
「もちろん。僕はダンジョンドームの代表を任されている身だよ? 無策で皆を撤退させたりしないさ」
「……ご武運を」
兵長もそう言って、冒険者を連れてこの場から離れた。「おっさん!」「代表!」「ジャックさん!」とまあ皆に心配されたけど、ヴァレリアと兵長の迫力に、心配してくれている子たちも退かざるを得なかった。
「僕一人ならなんとでもなる。さあ、雑魚は退場してもらい親玉を出してもらおうかな?」
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