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ダンジョンの異変Ⅰ

「すごいなこれは」


 下層1階にある転移(テレポート)ポイントに向かう道中だった。僕たちが目の当たりにしているのは、地面が抉り取られたような巨大な穴だった。崩落とは明らかに違う。まるで何者かが魔法で地面を吹き飛ばしたように、岩盤ごと消え失せている。


「兵長これは――?」


 冷や汗を流しながら一人の王国兵が兵長に問いかけた。兵長も「分からん」と言って僕とヴァレリアを見つめてきた。


「これ、どこまで続いていると思います?」


「行ってみるしかないんじゃないかな? ちょうどショートカットになるし」


「王国兵でこの青ざめた表情なのに、代表はものすごーくのんきですよね。これ、下層2F、下層3F、下層4F、下層5Fって全部同じ穴が出来て、ダンジョンの階層の境界線無くなっているんですよ?」


「そんなこともあるさ」


 僕がそう言うとヴァレリアは呆れ、兵長と王国兵は僕のことを軽蔑したような目で見てきた。和やかな空気を作るのってやっぱり難しいね。


「異常事態には変わりない。僕たちが思っている以上に事態は深刻だよ」


「そうみたいですね。とりあえずこの穴を使ってそのまま下に落ちましょう」


「落ちる!?」


 と、新米の王国兵は騒然としていた。兵長は「慌てるな」と一言。


「私が風の魔法を使い、皆さまに浮遊効果を付与(エンチャント)します」


 ヴァレリアの言葉に安堵した様子を浮かべる王国兵たち。でも僕はそんなものは不要だ。


「悪いけど先に行くね」


 僕がお構いなしに穴を使って落下すると、ヴァレリアが上から「代表!?」と叫んでいた。


「大丈夫だよ! 後からついてきて!」


 僕の声がダンジョン内に響き渡った。ヴァレリアや王国兵が僕を呼び掛けているのは分かるがそれは気にしない。


 魔力を足に集中させて、勢いを殺しながら2層に一度は着地する。


「ここは8層だね。転移(テレポート)なしで来れたのはラッキーだな」


 ほどなくして、ヴァレリアたちが降りてきた。そしてヴァレリアの剣幕な表情。嫌な予感がする。


「勝手に一人で飛び降りてどういうつもりですか!? 降りている時に魔物に襲われたらどうするんですか!」


「ハハ――悪かったね。だから、2層に一度は着地したじゃないか。たった40mに一回だよ?」


「普通じゃない!」


 と、王国兵全員からの指摘を受けた。もはや気持ちいいくらい息がぴったりだ。


「本当に何者なんですか? いつかは絶対に暴きますから」


 ヴァレリアがそう僕の顔に人差し指を指してくると、王国兵全員が大きく頷いていた。


「まいったね。緊急事態だし焦っていたのさ。それよりこれを見てごらん」


 僕は奥のほうを指しながらそう呟いた。


「酷いですね」


 ヴァレリアがそう呟くのも不思議じゃない。武具が散乱し、削られた岩壁の破片が地面に落ち、赤い血痕や紫の血痕、緑の血痕、そして何かの肉片――冒険者と魔物との激しい戦闘があったことが容易に想像できる。


「ジャック殿、どう見ますか?」


「見ての通り、あちこちの岩壁が削られているでしょ? これはB級の魔物、ジャイアント・グリズリーの習性だよ。奴は戦闘のときに獲物を壁や床に叩きつけるんだ。それに紫の血痕は特殊な魔物だね。ガーゴイル、グレムリン、キマイラなど、古くから魔族に仕えていた魔物だ。そして緑の血痕。森に棲む魔物の血だね。昆虫型や巨大蛇なんかがそうだ。」


「なるほど」


 兵長はそう頷き、ヴァレリアは「代表は魔物オタクですから」と、尊敬されているのか、少し引かれているのか分からないリアクションだった。


「べ……勉強になります」


 一人の新米兵士がおもむろにメモを取り始めた。そんな悠長な事をしている場合じゃないんだけどね。


「私が先導します」


 ヴァレリアの指示に王国兵は敬礼をしていた。歩いて数十分ほどのことだ。血のニオイと獣のニオイが入り混じり、辺りは異様な雰囲気に包まれていた。


 後ろを見ると王国兵の顔色が青白くなっていた。ヴァレリアも目つきが変わっているくらいだ。


 キインという剣が弾かれた金属音が響き渡った。音は近い距離にして五十メートルもないだろう。ヴァレリアと目があうと、僕とヴァレリアは急いで現場に駆け付けた。


「なるほど、そういうことね」


 さすがのヴァレリアでも緊張感をあらわにしている。五メートルほどの巨体を持ち、刀のような鋭利な爪を持つジャイアント・グリズリーが数十頭。逆立った紫色の体毛に、長い舌が特徴的で、ゾウのような強靭な脚を持つ血に飢えた魔物、ブラッド・ハウンド。血に染められたような赤い体表を持つ、三つ目の巨大蛇、ブラッディ・サーペント。二つの頭、蛇の尻尾、白い翼、ジャイアント・グリズリーに引けをとらない鋭利な爪と、獅子の顔を持つ怪物キマイラ。


 四種類の魔物が冒険者パーティーたちを襲っていた。


 救難信号で他の階層の冒険者たちも応援に駆け付けたようだけど、多勢に無勢という状況だ。


「こういうことだったんですね。B級の魔物が下層にいるという話は」


「それどころかキマイラなんてA級だよ。ここまでとはね――あれ!?」


 奥の方で戦っている二人は見覚えがある。レオン君とギーク君だ。


 二人が目の前の敵のジャイアント・グリズリーに手こずっている姿を見て、僕の体は考えるより先に動いていた。ジャイアント・グリズリーの首を正確に捉えて、護身用ナイフで頸動脈を掻っ切った。


 束の間の静寂。まるで時が止まったようだ。


 目立ってしまった――。


「ありがとうございます――って店主(マスター)!?」


「なんで君たちがこんな危険な場所にいるのさ。でもGランクなのによくやったよ」


 僕がそう二人をねぎらうと二人はキョトンとしていた。次の瞬間、二人は声を揃えてこう言い放った。


「そうじゃなくて!」


 少し動揺したが僕が手を叩いて「今はそれどころじゃないでしょ。戦えるなら他の冒険者を加勢しないと」


 僕がそう言うと二人は「はい!」と気持ちのいい返事をしてくれた。


「よし、これで話がそれ――」


「て、ません!」


 と、僕は片耳を下の方向から引っ張られていた。


「何するのさ」


「それはこっちの台詞です! ただの護身用ナイフでなんであんな鮮やかに切れるんですか!? 魔力も微弱だったしどんなからくりですか!?」


 と、ヴァレリアに言い寄られていた。


「タイム、タイム。今はそれどころじゃないでしょ。って――」


 ヴァレリアの後ろを見ると、四種類の魔物の死骸が、辺りにいくつも転がっていた。多勢に無勢だった状況が、今では冒険者側のほうが数的有利になっている。


「さすが、ヴァレリア・ノクターン様」


「代表にフルネームで呼ばれるのなんか嫌なんですけど。赤の他人感があって」


 そんなジト目で見られても。と、ヴァレリアがまるで女房のようにおっかない存在と思ったのは初めてだ。目も合わせられない。


「ただ、まあAランク冒険者にビール瓶で頭を殴られて無傷な人ですもんね。代表がここまで強いとは思ってなかったので、今回の事件案外早めに収拾つきそうですね」


「いや――何かくるよ」


「何か――?」


 ヴァレリアが首を傾げた瞬間、地面に巨大な魔方陣が出現し、紫色の閃光がこの空間を包んだ。


「なんだ!?」


「どうなってる!?」


 と、周囲は大混乱。そして不気味なことに――。


「代表――今、気のせいじゃなければ魔物が嗤いましたよ?」


 ヴァレリアが僕にそう言い放った。彼女が言っているのは気のせいではなく事実。魔物たちは確かに口角を吊り上げて嗤っていた。


「召喚魔法よ! 皆離れて!」


 ヴァレリアの指示に従い、魔物たちの攻撃が止まった今のうちに、冒険者は中央に出現した紫色の巨大な魔方陣から距離を置く。


「この魔力……ジャックさん!」


 ヴァレリアが僕に向かってそう叫んでいた。その振り返ったときに僕のほうに飛んできたヴァレリアの汗。さっきまで一滴も垂らしていなかったのに、彼女も焦ることがあるんだね。


「分かってるよ。二人は僕の後ろへ」


 僕の指示に従うレオン君とギーク君。


 出現したのは百体の上位魔族(アーク・デーモン)だった。


 冒険者どころか、援軍に来た王国兵でさえ、数人が剣を落とし、膝をついていた。


 優勢だった戦況が、冒険者側を一気に混乱と恐怖に陥れた。


感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!








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