ヴァレリアの父Ⅲ
「君のなかで必ずほしい戦力は誰だ? 討伐隊を組むなら、君が信頼できる人物を選んだほうがいいだろう?」
「閣下とヴァレリアがいれば誰でも」
「魔人オルフィンが敵なのに悠長だな」
「死人を増やしたくないんです。それに御二人より強い戦力はこの国にはいませんから」
「まあ、君くらいだろうな」
ノクターン閣下はニヤリと笑みを浮かべてコーヒーを口に運んだ。
「皇帝魔族を倒せる人がそもそも少ない。ヴァレリアが抑えられない相手なら、他の国剣じゃ厳しいでしょう」
「確かにな。将軍のバカ息子でも危ない。他の国剣は国外任務だ。結局、私が全軍を率いるしかない」
「そのほうがいいですね」
「私が危惧しているのは君の体力だ。腕は鈍っていないが、剣を本気で振ったのが、一昨日、上位魔族を倒したとき。百体を十秒足らずで片づけた殲滅力は昔のまま。いや、それ以上かもしらない。が――答えを言う前に君に問いたい」
「オルフィンと戦ううえで、君は何に対して注意を払う必要があると思う? と、いうかどういう戦闘の流れが好ましくないと考えている?」
僕は少しだけ考え、静かに答えた。
「一番まずいのは、僕が足止めされることです」
「ほう」
「オルフィンは僕が相手をします。でも、その間に皇帝魔族や上位魔族が味方を襲えば、被害は一気に広がる。僕は一人しか守れません」
「続けろ」
「だから、ヴァレリアには皇帝魔族を任せます。閣下は全軍指揮と予備戦力の運用。残りは足止めで十分です。絶対に倒そうとしないこと」
「倒そうとするな、か」
「ええ。欲を出した瞬間に死にます」
ノクターン閣下は小さく笑った。
「相変わらずの洞察力だな」
「事実ですよ。魔人戦は英雄譚じゃない。生き残った側が勝者です」
閣下はコーヒーカップを机へ置いた。
「では逆に聞こう。最悪の展開は?」
「僕がオルフィンから目を離すことです」
即答だった。
「奴は、こちらに隙を作らせるためなら部下を何百体でも捨てます。僕が救援に向かった瞬間、それが奴の勝ち筋になります」
「つまり」
「僕は最後までオルフィンだけを見る。味方が目の前でやられても、助けに行きません」
部屋の空気が重くなる。
「……冷酷だな。しかしその通りだ」
「違います」
僕は首を横に振った。
「それしか全員が生き残る可能性がないんです」
「答えはそれだけか?」
「と、言いますと」
僕の答えはまだ満足できないらしい。
「体力と言っただろ? 持久戦になれば君の負け。そして我々が壊滅することだ」
「持久戦。確かに嫌な響きですね」
僕は二十年前のことを思いだした。オルフィンを倒したときの年齢は二十七歳。実力もそうだが体力も最高潮のときだ。三日三晩斬りあった死闘で掴んだ勝利。それほどオルフィンとの実力が拮抗していた。
「今、奴と戦ったらどうなると思いますか?」
「持久戦にはなるだろうな。若い頃と比べて集中力も落ちるものだ。集中力は技の熟練度に影響するからな。それを想定したうえで、勝つための方法を模索する必要がある」
「そうですね」
僕がそう呟くと、ノクターン閣下は手をポンと一度だけ叩いて「いいこと思いついた」と言って立ち上がった。
「どうかされましたか?」
「お互いの剣を見て実力を確かめ合おう」
「……今からですか?」
「もちろん。いつ襲ってくるか分からないしな」
「思いついたら即行動。変わってませんね」
僕がそう呟いて立ち上がるとノクターン閣下は満足気な表情を浮かべていた。
「ようし、演習場に行くぞ」
「あの森ですか」
「そうだ」
ノクターン閣下がコクリと頷いた。僕は本気なんだなと思い、残っているコーヒーを飲みほして「行きましょう」と伝えた。
カフェで出て人目が少ない路地裏に向かう。ノクターン閣下は静かに夜破を抜いた。鞘走る音が路地裏に響く。
一閃。
壁には十字ではなく、夜そのものが刻まれた。黒い裂け目がゆっくりと口を開く。
その奥には光がない。
底も見えない。
闇だけが続いていた。
「相変わらずですね。魔剣術《夜道》」
「夜を斬って、夜を渡る」
「何回見ても凄いですね」
僕がそう褒めるとノクターン閣下は満足気な笑みを浮かべた。そしてその空間のなかへと入っていく。僕もノクターン閣下について行きこの暗闇の空間に入っていった。
一歩踏み込んだ瞬間、視界は闇に染まる。次の瞬間には、眼前いっぱいに青々とした草原が広がっていた。森からは魔物の咆哮が響き、湿った風が頬を撫でる。
僕が後ろを振り返ると、先ほど移動空間の穴が徐々に小さくなっていき、やがて完全に閉じた。
「これはどこに閣下の魔力を宿しているんです? というか結界でしたね」
「この森そのものが演習場だからな。この辺り一帯に結界を張っているから、どこでも出現できる。今日はこの野原だったけどな」
「規模が大きいですね」
「これができなくてノクターン家の当主は務まらん。だから、うちのバカ息子は、ヴァレリアに当主の座を奪われるんじゃないかって必死だな」
そう言って悪戯な笑みを浮かべているノクターン閣下。
「もしかして、息子娘の争いを楽しんでいますか?」
「もちろん。でもまだまだ任せられんな。王の側近になるには政治力も磨かないといけない。強さの影響力はすでに持っているが、逆を言うとそれだけ。もっと外の世界がどうなっているか見てもらわんとな」
「……ちゃんと親ですね」
僕がそう言うとノクターン閣下は顔を少し紅潮させて「うるさい!」と怒鳴ってきた。そんな閣下を見て親子っていいな~と胸が温かくなった。
「やりましょうか。閣下」
僕がそう宣言するとノクターン閣下はコクリと頷いた。
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